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アメリカの作家ダン・ブラウンによる長編推理小説『インフェルノ』にはフィレンツェの各所の情景が詳細に描かれています。 ドゥオ―モ広場についてのダン・ブラウンの解説を読んでみましょう。 <さまざまな建築物が寄り集まったこの巨大な広場は、かつてはフィレンツェの宗教の中心地だった。現在ではむしろ観光の中心地で、この時間にもう観光バスでにぎわい、名高い大聖堂のまわりにはおおぜいが詰めかけている。> フィレンツェの中心地に位置するドゥオーモ広場は、たくさんの人でにぎわう文化の中心です。 <ラングドンとシエナが出たのは広場の南側で、まばゆい緑とピンクと白の大理石でできた大聖堂の側面が見えた。芸術性だけでなく、大きさも息を吞むほどだ。東西に果てしなく延び、その長さはワシントン記念塔の高さとほぼ等しい。> <伝統的な単色の石細工を捨てて、色とりどりのきらびやかな独特の外観を選んだにもかかわらず、建物の造りは純粋なゴシック様式だ―古めかしく、堅固で、揺るぎない。> 中でも特に目を引くのが、ゴシック様式のファサード が美しいサンタ マリア デル フィオーレ大聖堂とジョットの鐘楼。ピンク、緑、白の大理石が使用された外観が、周囲のレンガ色の建物の中で異彩を放ちます。 <イニャツィオ・ブゾーニの愛称のもとにもなったこのドゥオーモ―正式にはサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂―は、フィレンツェの精神的中核であると同時に、何世紀にもわたって対立や陰謀の舞台となってきた。> ドーム内を飾るヴァザーリの「最後の審判」のフレスコ画です。 ドーム内部のこの空間をクーポラと呼びますが、そこはまさに絵で埋め尽くされた圧倒的な世界になっています。 中心には栄光のキリストが描かれ、最後の審判の場面が展開されます。 キリストの左にはマリア様が両手を合わせて人々の救済を願い、右では長い十字架を持った洗礼者ヨハネがいます。ヨハネの横には背を見せているアダムと跪いたイブが見えます。 キリストの真下には天球に釘を打っている天使がいて、これは最後の審判の日には、星の動きも含めたすべての時が止まることを示します。その下には雲に乗った3人の女性、対神徳「慈愛」「希望」「信仰」の偶像です。 金融や交易で富を蓄え、欧州有数の経済と文化の中心地となったフィレンツェの威信を示すため、この大聖堂の建設が始まったのは1296年でしたが、それから何十年たっても、大聖堂の屋根はぽっかり開いたまま残されていました。巨大な穴をどうするか、ようやく 1418年になって、市の有力者たちは設計コンペを実施し、設計案を募集することにしました。 そこでフィリッポ・ブルネレスキという金細工師が、外側のドームの内側にもう一つのドームを造るという二重構造を提案し、手間も費用もかかる木製の枠を使わずに建設すると約束し、革新的な工法で、1436年に完成させたのです。 大聖堂の真裏にある「ドゥオーモ付属美術館」へ行ってみました。中にはブルネレスキの部屋があり、ブルネレスキが設計したドームの構造模型があり、その構造を知ることができました 内側と外側のドームの間に空間を設ける二重構造を採用し、軽量化を図りつつ、内側は耐荷重、外側は風雨から構造を守る役割を果たしています。 巨大なドームを造る際に通常必要な、地面から支える木製の枠組みを使わずに建設できたのは、下からの重さを支える代わりに、レンガ自体をアーチ状に積むことでセルフサポート(自立)させたからでした。 小説『インフェルノ』に戻りましょう。 <ふたりはジョットの鐘楼の基底部を早足で歩き続け、角を右に曲がって、大聖堂の真正面の開けた場所へでた。ここは一番混雑していて、世界各国から集まった観光客たちが、カメラつき携帯電話やビデオカメラを掲げ、大聖堂の色彩に富んだファサードに向けている。> ジョットの鐘楼は14世紀にジョットの設計で建築され、ドゥオモと同じ白と緑とピンクの3色の色大理石で装飾されたとても美しい鐘楼です。 <ラングドンはほとんどそちらを見ず、ちょうど姿を現したはるかに小さな建物に視線を据えていた。大聖堂の正面入口の真向かいにある、三番目にして最高の建築物だ。ラングドンのいちばんのお気に入りでもある。サン・ジョバンニ洗礼堂。> 次回はそのサン・ジョバンニ洗礼堂へ。
by seitar0
| 2026-02-24 18:07
| 海外
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