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先だって、NHK-BSで「ヨーロッパ発 駅ロマン イタリア・ミラノ中央駅」が再放送されていました。 ミラノ中央駅を舞台に、駅と街の魅力を旅情豊かに伝える番組です。 そこに映し出された人々の出会いを見ながら思い出したのが、須賀敦子さんの『オリエント・エクスプレス』に描かれた、ミラノ中央駅での印象的な一場面でした。 当時ミラノに住んでいた須賀敦子さんは、癌が再発し虎の門病院に入院していた父から、「かつて自分が旅したオリエント・エクスプレスのコーヒー・カップがほしい」との伝言を受けます。入手方法もわからぬまま、「列車に直接行った方が早いだろう」と考え、時刻表を調べてミラノ中央駅へ向かいました。 <1970年の3月のある日、私はずっとかかりきりになっていた翻訳の仕事を午前中は休むことにして、ミラノの中央駅に急いだ。パリ発―イスタンブール行の国際列車が、十時には中央駅に入るはずだった。> 地図のグリーンの線で示されているのが、ミラノを経由するシンプロン・オリエント・エクスプレスです。 ミラノ中央駅は1912年に建設が始まり、完成はムッソリーニ時代の1931年。王宮を思わせる壮麗な建築で、正面ファサードの幅は約200メートル、中央部の天井高は約72メートルに及びます。 <うまく行くかどうかわからない、それでも、とにかく行ってみよう。そう考えると駅前の広場に車を置く時間ももどかしく、長い石の階段を駆け登るようにして、あの巨大な温室を思わせる美しいドームにおおわれたプラットフォームに出た。列車はまだ着いていなかった。> 須賀さんが駆け上がった、その長い石段。 階段を登りきると、巨大なドームに覆われたプラットフォームが広がります。 やがて、ロイヤルブルーの車体に金色のラインと紋章を配したワゴン・リ社の優雅な寝台車を連ね、オリエント・エクスプレスがゆっくりと入線してきます。列車が停止するのを見届け、須賀さんは一両の客室入口に立つ黒い蝶ネクタイの車掌長に声をかけます。 <「なんでしょう、マダム」「少々、おかしなお願いがあるんですけど」「なんなりと、マダム、おっしゃるとおりにいたしましょう」ヨーロッパの急行列車でも稀になりつつある、威厳たっぷりだが人の好さがにじみ出ている、恰幅のいいその車掌長に、私は、日本にいる父が重病で、近々彼に会うため私が東京に帰ること、そしてその父が若いとき、正確にいえば1936年に、パリからシンプロン峠を越えてイスタンブールまで旅したこと、そのオリエント・エクスプレスの車内で使っていたコーヒー・カップを持って帰ってほしいと頼まれたことを手短に話した。ひとつだけ、カップだけでいいから欲しいのだけれど、分けていただけるかしら、と尋ねると、彼は笑みを消し、低い声で答えた。> <「わかりました。ちょっと、お待ちいただけますか」そう言って車内に消えると、彼はまもなく白いリネンのナプキンにくるんだ包みを大切そうに持って戻ってきた。ありがとう、と言った私の声はかすれていた。「お代は」と尋ねる私に、彼は包みを開き、白地にブルーの模様の入ったデミタスカップとソーサーを見せながら、こともなげに言った。「こんなものでよろしいのですか。私からもご病気のお父様によろしくお伝えください」> これがオリエント・エクスプレスのコーヒー・カップです。 須賀敦子さんの父、豊次郎氏は、1936年の世界視察旅行の際、各国のスプーンを記念に持ち帰り、コレクションされていました。
by seitar0
| 2026-01-29 17:11
| 須賀敦子
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