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ダン・ブラウンの小説『インフェルノ』では、突然、追っ手から殺されそうになったハーバード大学教授ロバート・ラングドンは女医のシエナ・ブルックに助けられ、ヴァザーリ回廊を通ってヴェッキオ宮殿へ向かう場面が描かれています。 二人はヴェッキオ宮殿の「五百人広間」に行き、ジョルジョ・ヴァザーリの『マルチャーノ・デッラ・キアーナの戦い』の壁画の軍旗の文字に「CERCA TROVA」という隠された暗号を探し出します。 小説『インフェルノ』からです。 <かつて、五百人広間は世界最大の広間だった。1494年に大評議会の全体会議用に造られたこの広間は、フィレンツェ共和国の大評議会の定数がちょうど五百人だったことがその名の由来になっている。後年、コジモ一世の命により広間は改装され、大幅に拡張された。> ![]() 五百人広間はヴェッキオ宮殿の二階に位置し、上の図の①の部分です。 ![]() 小説の説明の通り、宮殿最大の、54m×23mの広さを持つ五百人広間は、大会議の会場として計画されたものです。元々は1494年にシモーネ・デル・ポッライオーロによって建てられ、1560年代にコジモ1世・デ・メディチの治世下でジョルジョ・ヴァザーリによって拡張されました。 ![]() 格子天井には、コジモ1世の戴冠の様子を中心にフィレンツェンの歴史を描いた39枚のパネルが飾られています。 ![]() <ラングドンはゆっくりと目をあげて広間を見渡した。躍動感あふれる六つの彫刻―ヘラクレスの功業を題にとった彫像群―が壁に沿って並ぶさまは、兵士の一団を思わせる。悪評高きヘラクレスとディオメデスへは、つとめて視線を向けないようにした。> ![]() 写真の右奥の像が、ヴィンチェンツォ・デ・ロッシ 「ディオメーデスを馬小屋に投げ込むヘラクレス」です。 <はるかに目に心地よいのが右手にあるミケランジェロの傑作「勝利」の像で、こちらは南壁の中央に鎮座している。高さは九フィート近くあり、当初は超保守的なローマ教皇ユリウス二世 ―を恐るべき教皇― の墓所を飾るために作られた。> ![]() シエナの戦いの真ん中の絵の下に、ミケランジェロの「勝利」の像が飾られていました。小説で説明されているように、この像は元々、教皇ユリウス2世の墓碑のために制作されたものです。 そしてラングドンはヴァザーリの「マルチャーノの戦い」の壁画に「チェルカ・トローヴァ」の文字を見つけます。 ![]() <「だが、あの壁画が」ラングドンははるか右にある絵を指さした。「われわれのめざすものーヴァザーリの“マルチャーの戦い”だ」軍勢の衝突を描いたその壁画は、あまりにも大きい ―幅は五十五フィートで、高さはは建物三階ぶんに及ぶ。そこには、ひなびた丘で激しくぶつかり合う幾多の兵士、馬、槍、軍旗が、茶と緑の赤みがかった色彩で描かれている。> ![]() 上のフラスコ画の右上に描かれているはずですが、私も見つけることはできませんでした。 <ラングドンはうなずいて、巨大な壁画の上部にしっかり目を向け、緑色の軍旗を探した。ヴァザーリはそこに謎めいたメッセージを描き込んだ ―“チェルカ・トローヴァ”と。> 次のサイトにcerca trovaと記された緑の旗の写真とともに解説されていましたので、引用し、紹介しておきます。 https://www.florenceinferno.com/the-battle-of-marciano/ ![]() <フレスコ画の中央上部にある緑の旗には、「 cerca trova(見つけよ、さすれば見つかる)」という言葉が記されています。双眼鏡がなければ、この言葉を見ることはほぼ不可能です。この 緑の旗はシエナ軍の所有物であり、インスピレーションを得るためにダンテの詩句が幾つか掲げられていました。コジモ1世公爵は、シエナ軍が「敗北」に見舞われたことを皮肉を込めて表現するため、「cerca trova(見つけよ、さすれば見つかる)」という一文を絵画に取り入れることを希望しました。> 小説『インフェルノ』では、「cerca trova」という言葉が重要な役割を果たし、主人公のロバート・ラングドンをダンテのデスマスクへと導きます。 ヴァザーリは、元々ここにあったレオナルド・ダ・ヴィンチの有名なフレスコ画”アンギアーリの戦い”を壊さずに保存するために、壁の上に2枚目の壁を造らせ、そこに壁画を描いたと、多くの人に信じられ、CERCA TROVAという文字は裏側にあるレオナルドの絵を指し示す為のメッセージとも言われているそうです。 小説を読んで、ヴェッキオ宮殿を巡ると面白くてなかなか次に進めません。
by seitar0
| 2025-12-31 16:47
| 海外
|
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Comments(3)
『インフェルノ』のそのシーンは本当にスリリングですよね!「CERCA TROVA」という暗号、実際にヴァザーリ回廊を歩くと、その場所の歴史や美術の隠された意味がよくわかりますね。もし自分がその場にいたら、どんなふうに暗号を解いていくのか、想像してみるだけでワクワクします。ところで、ダン・ブラウンの他の小説にも興味ありますか?
1
コメントありがとうございます。
ダン・ブラウンの小説『天使と悪魔』は映画も小説も楽しみました。彼の歴史を背景にした小説には惹かれます。
ありがとうございます。
はとても意義深いと感じています。 こちらでのやり取りは少し難しいので、LINEでやり取りしませんか。 こちらが私のIDです:yuexi0857 よろしければ追加してください。
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