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浅田次郎『日輪の遺産』は太平洋戦争終戦末期、マッカーサーの財宝を巡る極秘作戦に関わった帝国陸軍将校たちと20名の少女たちの運命を描いた物語。映画化もされました。 浅田次郎は史実をおりまぜながら、厚木に到着したマッカーサーがホテル・ニューグランドに向かう様子を描いていました。 <ダグラス・マッカーサーと彼の幕僚団を乗せた専用機は、護衛戦闘機の一機すらも従えず、ゆっくりと厚木の空に天下ってきた。午後二時五分。ファンファーレが鳴り響き、ドラムがロールを打った。バターン号の後部ドアが開くと、その男はまずタラップの上で立ち止まり、悠然とカメラに対してポーズを作った。> 映画での連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー役は名優ジョン・サべージでした。 <滑走路の端に、黒塗りのリンカーンコンチネンタルが一台。それだけは少しましだったが、後に続いている乗用車は、どれも年代不明、国籍不明のオンボロであった。> 一行の横浜への移動のため、日本側はどうにか50台をかき集めたのですが、中には木炭車やら旧式のトラックが含まれており、先導車は消防車でした。それでも、マッカーサーら司令部幕僚には自決した阿南惟幾陸軍大臣の公用車であったリンカーンや、閣僚らの高級公用車が準備されました。 <「このリンカーンは、陸軍大臣の専用車だったそうです。将軍」「ほう」、とマッカーサーは満足げに肯いた。彼にとって車の由緒正しさは、性能よりも大事なことであった。「阿南将軍は地下鉄で通勤しているのか」「いえ自殺しました。ハラキリです」「ハラキリ……たまらんな」マッカーサーの端正な口元がわずかに歪んだ。> ![]() <そうこうするうちに、隊列は百マイル分の時間をかけて、ようやく横浜の町にたどりついた。名高い港湾都市が真っ白な瓦礫の海に変わっていることに、誰もが言葉を失った。「ポンペイだな、まるで」笑う者はいなかった。> <ホテル・ニューグランドの正面玄関に車をつけると、ダグラス・マッカーサーはクレオパトラのもとに向かうシーザーのように、威厳をもって階段を駆け昇った。従兵たちがライフルを構えながら後に続いた。広い階段の上は吹き抜けになったロビーである。将軍たちは立ち止まって、空間を飾るみごとな意匠に目を丸くした。> 正面玄関をを入ると、まず目に飛び込んでくるのがこの大階段です。 ホテルニューグランドは、関東大震災からの横浜復興のシンボルとして建設され、1927 年 12 月 1 日に開業しました。そのシンボルマークは。“不死鳥” を意味するフェニックスでした。 <「しかも、われわれはこのホテルのシンボルマークについて考えねばならない。これだ」と、マッカーサーは短靴の爪先で、藍色の絨毯に描かれた、東洋的な紋様を示した。「不死鳥(フェニックス)―わかるか、諸君。この国では不死鳥の精神がホテルのシンボルマークになるほど尊ばれているのだ。日本は死なない。常に復活する。われわれはこの国を復興させ、なおかつ復活と戦うためにやってきた。それを肝に命じておけ」> マッチの箱にも描かれていたフェニックスのシンボルマーク。 よく見るとエレベーター扉の脇の飾りもフェニックスでした。
by seitar0
| 2025-11-07 15:02
| 横浜
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