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須賀敦子『ヴェネツィアの宿』は、1993年に刊行されたエッセイ集で、彼女の少女時代からイタリア留学時代、さらには家族や友人との思い出を綴った12篇の作品で構成されている私の大好きなエッセイ集のひとつです。冒頭を飾る「ヴェネツィアの宿」では、フェニーチェ劇場の広場に面した宿に泊まった夜の情景が描かれ、聴こえてくる音楽に身をゆだねながら、亡き父に思いをはせる様子が綴られています。この作品を皮切りに、須賀さんの父母、夫や友人との思い出や葛藤が描かれています。 須賀さんは晩餐会の後、フェニーチェ劇場の隣にあるホテルに戻るため、劇場を目指して帰ります。 <目のまえに、スポットライトで立体的に照らし出されたフェニーチェ劇場の建物が、暗い夜の色を背に、ぽっかりと浮かんでいた。そして、建物をてらしている光のなかに、一見して旅行者とわかる、それでいて、てんでばらばらな男女の群れが、まるで英雄の帰還を待ちあぐむ舞台の上の群衆のように、広場ともいえない狭い空間のあちこち、劇場のまえのゆるい傾斜の石段や、反対側の、これも道から一段高くなった屋根付きの通路に、うねりのひびく音の波をそれぞれが胸に抱えこむようにして地面に腰をおろしていた。> 須賀さんが訪ねたのはフェニーチェ劇場創立二〇〇周年記念のガラコンサートが開催されていた夜でした。 劇場は、有名な名所であるサン・マルコ広場の近くにあります。 大通りに面しているのではなく、上の写真のような路地を歩いて行くと、少し開けた広場に出て、正面にフェニーチェ劇場がありました。 玄関からはそんなに大きな劇場に見えませんでしたが、19世紀以降「ヨーロッパ随一のオペラの殿堂」と呼ばれ、数々の著名人が訪れています。 スタンダールも来場したことがあり、次のように述べています。 <ローマよりも前に、歌手たちはその名声と席を得るためにヴェネツィアのフェニーチェ劇場を重視する。この劇場はオデオンとほぼ同じ規模であり、とても独特なファサードを持ち、大運河に面しているので、ゴンドラで劇場に入り、また出るのだ…> ローマの主要劇場に並ぶほど、歌手たちにとって名声を得る舞台だったことを強調し、規模もオデオン(当時パリの重要な劇場)と同じだと言っているのです。 疲れ切っていた須賀さんは、劇場の前からホテルに向かいます。 <宿は劇場とのあいだの細い道路をへだてたところにあって、名もラ・フェニーチェと劇場の名そのままである。鍵をもらって、入りくんだ廊下をまわり、汽船の内部のように磨き上げられた木の階段を五階まで登る。> こちらが須賀さんのヴェネツィアの宿となったホテル、ラ・フェニーチェの玄関です。 外観は4階建のように見えましたが、須賀さんが泊まったのは5階。 航空写真でみると、黄線で囲ったところに5階の部屋がありました。 <部屋はいかにも海の街ヴェネツィアらしい船室ふうのつくりで、そんなデザインが、天井が傾斜して梁材が大きく出た屋根裏の空間にぴったりだった。ただ、連日の暑気で、部屋の空気は暖房を入れたようになまぬるい。> しばらく眠っていた須賀さんは、オペラが終わって劇場の横の路地を通る三々五々の人声と石畳に響く靴音に目を覚まし、父の回想が始まります。 <屋根裏みたいな部屋で泊まるな、と父は言っただろうか、キャビン・ベッドのなかで私は考えた。でも、留学生だったころの貧乏旅行の話をすると、いいな、おまえの旅は気楽で、と彼は言った。> そのあと、衝撃的な話が綴られます。 <父がふたつの家庭をもっているのを知ったのは、私がはたちのときだった。>と。 自伝的エッセイ集になっている『ヴェネツィアの宿』に引き込まれてしまいます。
by seitar0
| 2025-08-17 22:03
| 須賀敦子
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