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第2次トランプ政権で副大統領となるJ.D.エバンスはオハイオ州シンシナティとデイトンの中間に位置するミドルタウンという小都市で育ち、その生い立ちと貧困と単純労働に苦しんだ家族の歴史について、自伝『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』で述べています。 私も1990年代にミドルタウン(いわゆるラスト・ベルトの地域)を訪ねたことがあり、懐かしく、自伝を読んでみました。 エバンスが生まれ育ったミドルタウンは、かつてアパラチアから中西部産業地帯への移住の波に乗って、大勢のヒルビリー(田舎者の蔑称)が流れ込んだ町で、昔はラスト・ベルトの経済発展を象徴する町でした。 そこは、かつて有力鉄鋼メーカーだったアームコ・スチールの本拠地で、町の人口のかなりの割合がアームコで働き、ヴァンスの祖父もそうでした。 良き時代にはアームコの資金で町の公園や施設がつくられ、主要な地域組織の役員にはアームコの関係者が名を連ね、更に学校への資金援助もしていました。ミドルタウンの多くの住民が雇用され、学校教育を受けていない人でもかなりの給料をもらっていた時代です。 <1980年代のミドルタウンには、とても美しい自慢の市街地があった。にぎやかなショッピングセンターや第二次大戦前から続くレストランがあり、製鉄所でのきつい一日を終えた祖父のような人たちが集い、ビールを一杯(あるいは何杯も)引っかけられるバーもいくつかあった。> 1960年代に見たアメリカのTVドラマ『うちのママは世界一』、『パパは何でも知っている』の羨ましい生活環境が、1980年ごろまでは続いていました。 しかし、不況により1980年代から徐々に変化の兆しが現われ、1989年にはアームコ・スチールは川崎製鉄(現JFEスチール)と資本提携し、AKスチールに社名変更します。 私が技術交流のためミドルタウンを訪ねたのは、1991年ですが、まだ美しい街で、治安も良く、街角で出会った人が気さくに声をかけてくれるいい町でした。 社名が変更されてもほとんどの人が従来通り、「アームコ」と呼んでいましたが、その第一の理由は「アームコがこの町をつくったから」とし、 第二の理由は、 <カワサキが日本企業だったからだ。第二次世界大戦の兵役経験者とその家族であふれているこの町では、アームコとカワサキの合併は、まるで東條英機自身がオハイオ南西部に工場を開くことにしたかのように受け止められたのだ。ただし、合併反対はひそひそとささやかれる程度だった。自分の子どもが日本車を買ったら勘当すると言っていた祖父ですら、合併発表の数日後には不平をもらすのをやめて、こう言っていた。「じつのところ、日本人はもうおれたちの仲間だ。あの辺の国と戦争するとしたら、敵はあのいまいましい中国だな」>と合併には大きな反対はなかったものの、忌まわしい日本の企業の名前を冠することには抵抗があったようです。 更に、 <カワサキとの合併は、不都合な真実を象徴する出来事だった。「ポスト・グローバル化の世界では、アメリカの製造業は厳しい状況下にある」という真実だ。アームコのような企業が生き残ろうと思えば、再編が必要になる。カワサキはアームコに、そのチャンスを与えた。ミドルタウンを代表するこの企業は、おそらく合併がなければ生き残れなかったろう。> とヴァンスは当時の合併には一応の理解を示していますが、最近話題になっている日本製鉄とUSスチールの合併について、どのように対処するのでしょう。 ヴァンスは白人の労働者階級には2種類の考え方と社会規範があるとしています。 <祖父母がその片方を体現していた。昔ながらで、つつましく誠実であり、自立していて、勤勉であるべきというものだ。> TVドラマ『大草原の小さな家』に登場する人々家族愛や隣人愛に溢れ、まさにその精神を体現していました。 一方、ヴァンスの母が育った時代には、その精神が徐々に薄れます。 <母が体現していたのがもうひとつのほうで、コミュニティ全体がだんだんとそちらに向かっていった。そこでは、消費主義、孤立、怒り、不信感が中心に据えられている。> ヴァンスは常にこの二つの世界にまたがって生きていたと述べています。 ミドルタウンは、その後、グローバル化に対応しきれなかった他の製造業とともに、急速に衰退します。今やショッピングセンターはほとんど空き店舗となり、全盛期に富裕層が住んでいたぜいたくな家も、そのほとんどが朽ち果て、ミドルタウンの市街地はアメリカの産業の過去の栄光を示す遺物になりはて、薬物依存者と売人の待ち合わせ場所になっていると述べられています。 『ヒルビリー・エレジー』は多くの知識人が誤解してきた「アメリカの労働者階級の白人」を鮮やかに説明し、支持基盤の人びとの心を掴み、アメリカのベストセラーとなったのです。
by seitar0
| 2025-01-19 17:58
| 海外
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Comments(1)
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