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堀江一也『ウィーンの冬』は著者の外交官体験をもとにした中欧三部作の完結編にあたります。外交官・堀江亮介は外郭団体に出向、ウィーンに渡り、欧州の各国機密機関と「核と北朝鮮」問題に取り組むという、国際謀略の闇の中で政府の後ろ盾もない機密の特務を遂行する男の物語です。 ノンキャリアでありながら欧州、南部アフリカの総領事館、大使館で次席館員として勤め、その後、外務事務官として帰朝していた堀江亮介は、突然、依願退職し外郭団体の社団法人海外情報センターへ出向するよう命じられます。 千代田区麹町の海外情報センターで窓際族のように暮らしていた堀江に、ある日、理由も告げられずウィーン行の片道の航空券が渡されます。それを受取った堀江は、目的もわからないままロンドン経由でウィーンに向かうのですが、ヒースロー空港の出発ゲートで白い封筒を係員から受け取ります。そこには「ホテル・カイザリン・エリザベート」のパンフレットが入っており、宿泊するようメッセージが添えられていました。 実は、堀江がウィーン到着後、宿泊したホテル・カイザリン・エリザベートは私もウィーン滞在中に3泊したホテルでした。 <カイザリン・エリザベート。類まれなる美貌と知性でヨーロッパに名高い、オーストリア・ハンガリー帝国、そしてハプスブルク家最後の皇后。盛名をほしいままにしながら、ジュネーブで無政府主義者に暗殺された。その名を冠した由緒あるホテルである。> ホテルのロビーに掲げられたカイザリン・エリザベートの肖像画です。 <ウィーン国際空港からタクシーでホテルに着いたのは、昨日十二月一日の午後十一時を過ぎていた。ウィーン市内中心部にあるシュテファン広場からケルントナー通りをリンク(環状道路)方向に三十メートルほど進むと、角に文房具店が見える。そこを左折するとバイビュルク小径で、二十―メートルほど行った先がホテルのある四番地だ。> 観光客で賑わう夏のケルントナー通りです。 上の地図の中央付近、青丸印のところですが、シュテファン大聖堂はもちろん、ペーター教会、美術史美術館、楽友協会やオペラ座にも徒歩で行くことができる大変便利なホテルでした。 <深い眠りの底から引き上げられるように、堀江亮介は近くで鐘が鳴り渡るのを聞く。寝ぼけながらも、聖シュテファン大聖堂が鳴らす午前六時の早朝礼拝の時鐘であることを亮介は知っていた。亮介は、ホテル・カイザリン・エリザベートの二階、ルームナンバー 218の快適なベッドの中から起き上がることができない。> 見上げるばかりの聖シュテファン大聖堂。 私たちの宿泊したルームナンバーは215。亮介の宿泊した218のすぐ近く。しかし、ヨーロッパの二階は日本では三階でした。 <亮介にとって、なつかしいホテルである。三十年以上も昔、チェコスロバキアの首都プラハの日本大使館に勤務していた当時、クーリェ(外交伝書使)としてウィーンに出張するたびに常宿にしていたホテルの一つだった。百五十年の歴史を持つ由緒あるホテルで、かのワーグナーやリストも泊まったことがあると聞く。> エントランスにはモーツァルトやワーグナーなどこれまでに宿泊した著名人の名前が記されていました。 1767ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト 1838クララ・シューマン 1856宮廷楽長フランツ・リスト 1859アントン・ルービンシュタイン 1862リヒャルト・ワーグナー 1863法廷オルガニストのアントン・ブルックナー。モーリッツ・シュヴィント 1889アウグスト・フォン・ペッテンコフェン 1895アドルフ・メンツェル 1896エドゥアルト・グリーグモーツァルトやワーグナーなどこれまでに宿泊した著名人の名前が記されていました。 1958オスカー・ココシュカ 1980オットー・フォン・ハプスブルク これ以外にも多数の著名人が宿泊されたようです。 春江一也が、このスパイ小説にホテル・カイザリン・エリザベートを登場させたわけが記されていました。 <ホテル・カイザリン・エリザベートは、四階建てで客室は五十ほどしか備えていない。こぢんまりとしたホテルである。エントランスはケルントナー通り繋がるバイビュルク小路に面する一か所だけだし、レセプションホールもごく狭い。少ない人員で客の出入りを、きっちり管理できる。おそらく虚々実々の諜報工作が展開されたホテルの一つだと考えればウィーンの諜報機関が、特別契約する条件にぴったりである。 亮介は支配人の言葉に感心していた。いよいよウィーン内部への旅が始まるのである。「さよなら!」「ごきげんよう」亮介は勢いをつけるようにホテルを後にした。> 下の写真の右側がこじんまりしたレセプションです。 私はこのホテルがウィーンの旅の最後の宿泊先だったのですが、フロントの方は、日本人とわかると、支払い時に日本語の数の数え方や、日本のエピソードを話してくれて、大変ホスピタリティに富んだホテルで気分よくホテルを後にしました。
by seitar0
| 2024-10-26 13:18
| 海外
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