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辻原登は1990年に中編小説『村の名前』で第103回芥川賞を受賞し、1999年には短編連作小説集『遊動亭円木』で第36回谷崎潤一郎賞受賞しています。 小説ですから、受賞者は芦田という名前になっています。 <芦田です。谷崎賞をいただき、その記念に谷崎潤一郎ゆかりの地、芦屋市のお招きを受け、講演することになったとき、やはり谷崎について話さねばならないだろうと考えたのですが、芦屋を舞台にする有名な『細雪』や、他に例えば『卍』、『吉野葛』といった作品でなく、意外な作品からお話させていただきます。なぜ意外かと申しますと、谷崎でなく、泉鏡花の作品からはじめることになるからです。> 『葛飾砂子』は大正9年に映画化されており、無論サイレントですが、監督はハリウッド帰りのトーマス栗原。 そしてこの『葛飾砂子』を、これは映画そのものだといって企画し、自らシナリオを書き、プロデュースしたのが、大正活映文芸顧問の谷崎だったのです。 谷崎は幼少時代から、始まったばかりの映画に魅力を感じていたようで、『活動写真の現在と将来』で次のように述べています。 <予は別段、活動写真について深い研究をしたこともなければ、広い知識をもっているわけではない。しかし久しい以前から、熱心なる活動の愛好者であって、機会があればフォトプレイを書いてみたいとさえ思っていた。その為に二、三冊の参考書を読んだこともあり、日活の撮影所などを見せてもらった事もあった。したがって、門外漢ではあるが、一般に活動写真というものの将来に対する考えや、特に日本の興行者に対する不平や不満足や、思いのままに述べてみたいことが沢山ある。> そして大正9年、谷崎は4月に創設されたばかりの大正活動映画株式会社に脚本部顧問として招聘され、直接映画に関わりを持つようになったのです。 この作品はフィルム自体が関東大震災により焼失してしまい、残念ながら見ることはできませんが、淀川長治は『映画は語る』で激賞しています。山田宏一と淀川長治との対談からです。 ![]() 淀川長治は十歳で見た映画を全部覚えていたのです。 <淀川 そんな洒落た映画は、それまでなかたの。フランス映画みたいだった。ラストもいいですよ。二つの傘が橋の上を歩くのをキャメラが上から撮ってる。日傘と洋傘。女と男。二人は欄干のほうに寄っていく。キャメラはこんどは下から二人を撮るのね。「二人で思い出を流しましょう」って、女が風呂敷包みをひらくと浴衣があった。その浴衣を着て入水自殺しようとしたところを助けられたのね。助けられたのが船頭さんだったのね。その思い出の浴衣を流して、川を流れていくところで終わるのね。それで驚いちゃった。日本映画がこんなに立派なのかと思った。『アマチュア倶楽部』と『葛飾砂子』を見て、これだったらフランス映画に負けないと思ったの。> 因みに『アマチュア倶楽部』の脚本を書いたのも谷崎でした。 そして小説の中で芦田と名前を変えている辻原登は、芦屋ルナホールでの谷崎潤一郎賞記念講演を次のようにまとめて、終わります。 ![]() この記念講演は1999年のことでした。 フランス映画に負けない『葛飾砂子』見たかった。 淀川長治の解説は見事です。 「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ…」
by seitar0
| 2024-10-20 21:49
| 辻原登
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