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須賀敦子『葦の中の声』からです。 <当時、中学生になったばかりの私はその文章に心をうばわれ、あまり何度もそれについて考えたので、著者があの短い期間に日本で経験したことどもを、まるで自分が生きてしまったようにさえ思える。私の精神が歩いてきた道を辿りなおすことが可能なら、あのエッセイはその大切な部分に、上等な素材でつくった芯のようにしっかり残っているはずだ。> 須賀敦子さんに、これほどまで影響を及ぼしたエッセイの著者は、大西洋横断の単独無着陸飛行をなしとげたチャールズ・リンドバーグの妻、アン・モロウ・リンドバーグでした。 <千島列島の暗い夜につながるひとつの場面が、いまもくっきりと私の記憶に浮かび上がる。千島という、当時の私にとってはアメリカやシベリアと同じほど遠く思われた土地について語られていたことが、この文章をこれほど鮮やかに記憶することになった理由のひとつだったことはたぶん、間違いない。> 須賀敦子さんが子供の頃読んだであろう、『日本紀行』には手に汗を握る不時着場面が描かれていました。『日本紀行』からです。 <下へ!下へ!暗黒のなかに旋回下降してゆきます。火山の麓にある長い、緑の傾斜地が見えてきましたが、あすこに着陸できるのでしょうか?灌木と岩石ですが ―フロートがあるから激しい振動にも耐えられるでしょう。あんなところでも着陸さえできたらありがたいのですが。> リンドバーグ夫妻が乗っていたシリウス号は水上飛行機でした。 灌木地帯をすれすれに通り過ぎ、断崖を超えると、薄い霧の下に海がありました。 <やっと断崖を過ぎて、海上に出ました。フロートを打つ水の音が、すさまじくします。フロートがこわれたのでしょうか?もしや機体が沈むのではないかと驚いたのですが、それは着水のはずみに座席が激動しただけの事でした。波は荒いようです。海面をすべる速度もすぐ遅くなりました。もう大丈夫です ―着水したのです!> 着水した後、一面の霧の中を海岸性の方にゆっくり滑走をはじめ、岩ばかりの磯に近づき、やっとのことで、島の風陰まで来て錨をおろしたのです。 須賀敦子さんの『葦の中の声』に戻りましょう。 <「私たちはいったい、地球のどのあたりに着陸したのかも、まったくわかりませんでした」たしか、そいういう文章があって、作者と夫のチャールズは、アメリカからの北廻りで「東洋」へのルートを探るための飛行の途中、葦の茂みに不時着した飛行機のなかで、救助されるのを待っている。> リンドバーグ夫妻は、実は根室に着水するまで、千島列島で2回不時着しています。 その1回目は、シムシル島(新知島)のブロトン湾でした。 そして夫妻は不時着から2日後、再び根室を目指して飛び立ちましたが、濃霧に包まれた根室を発見できず、引き返し国後島の葦の茂った湖に着水したのです。 須賀敦子さんは、この2回の不時着のようすを、まとめて記憶されていたようです。 もう少し、読み進めましょう。
by seitar0
| 2024-07-30 17:05
| 須賀敦子
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