戦後、新設された聖心女子大学のキャンパスはもとの久邇宮邸で、昭和天皇皇后が幼少を過ごした地です。
<もと宮家から購入したという広大な渋谷のキャンパスではじまったあたらしい大学の授業は、どっしりした武家門と、進駐軍から譲り受けたカマボコ兵舎の教育というちぐはぐな環境で始められた。一年休学してしげちゃんはその大学に帰ってきた。私たちは一年違いになったが、ふたりとも寄宿生だったので、またよく本の話をするようになった。>
武家門は現在も正門として残っています。
昭和23年の開学時の写真にカマボコ兵舎(Quonset hut)が写っています。 松山巌『須賀敦子の方へ』によると、寄宿舎もこのカマボコ兵舎が使われていたそうです。
<教室だけでなく、須賀の寝泊りした寄宿舎も、同じくカマボコ兵舎で、真ん中を廊下にし、左右に五室ずつ板やカーテンで区切った。各部屋はベッドを三つ入れれば一杯だったらしい。天井が高いせいだろう、冬はコップの水が凍り、梅雨時には蒸し風呂状態になった。>
上の写真はカマボコ兵舎での授業風景です。須賀さんとしげちゃんは、アウグスチヌスの『神の国』や『告白』の評価、宮沢賢治、堀辰雄や、それぞれの自作の小説などについて話し合っていました。
「なにをしても、彼女は私よりおとなだった」というのが、当時の須賀さんの感想でした。
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