須賀敦子『しげちゃんの昇天』調布のカルメル会修道院

　須賀敦子『しげちゃんの昇天』は、小林聖心女子学院時代からの親友、高木重子さんの思い出を綴った作品です。聖心女子大で最後に会ってから３５年も経って、修道院の面会室でしげちゃんと再会する場面から始まります。

＜しげちゃんにさいごに会ったのは、一九五一年に私が女子大学を卒業して三十五年もたってからで、場所は調布のカルメル会修道院の面会室だった。修道女たちと客をへだてる広い格子窓の向こう側にいる彼女の、白い布にきっちりとふちどられた頬は、熱のせいなのか、まぶしいほど桃色に輝いていた。＞

調布のカルメル会修道院は、深大寺のすぐ南側に位置します。（地図の赤矢印のところ）

　須賀敦子さんは３５年前の卒業も間近なある日、しげちゃんと新しい校舎の四階で会います。

＜そのとき、しげちゃんが低い声で言った。私は来年卒業したら、たぶんカルメル会の修道院にはいる。えっ？と私は問い返した。その修道会の戒律が厳しくて、一度入会したら、もう自由に会うこともできなくなるのを知っていたからである。一日中、沈黙の戒律を守り、食事の時も黙って聖書の朗読を聴きながら食べるという話は、中世みたいで恐ろしくさえあった。＞

高木重子さんは函館の「厳律シトー会天使の聖母トラピスチヌ修道院」に入られたようです。

＜函館の修道院にいた彼女が数年まえから膠原病をわずらっていることは聞いていたが、夫の死後、長年暮らしたイタリアを離れて、日本での生活のたてなおしに夢中だった私には、経済的にも、精神的にも、北海道までお見舞いに行く余裕はなかった。しげちゃんが、東京の病院で治療を受けるために調布の修道院に来ている、そう聞いて、私はさっそく出かけて行ったのだった。＞

　私も調布駅から訪ねてみました、周りは開けているのですが、修道院は周りを高い壁で囲われていて、中を垣間見ることもできませんでした。

＜こんなところまで来てくれてありがとう、と彼女は明るい声で言った。大事なことをうちあけたあと、ちょっと首をかしげて目をつぶる、むかしのくせがそのままだった。大学のころとおなじように、私たちは関西弁で話した。今日は病気のまえみたいに気分がいいの、うん、東京の病院はやっぱり研究が進んでいる、と彼女はうれしそうに言った。＞

この後、『しげちゃんの昇天』は二人がともに過ごした小林聖心時代の回想が続きます。