一般的には桜は庭木にするには難しい樹です。「桜切るバカ、梅切らぬバカ」というのは植木育ての初歩中の初歩。しかし、明治22年、英国駐日全権公使の妻として来日したメアリー・フレーザーの著書『英国公使夫人の見た明治日本』には、次のように述べられています。
<東京は桜の都市です。どの通りにも、桜の木がふんだんに密に並べて植えられています。庭という庭は念入りに育てた桜の木を誇りにしています。>
これは明治時代の東京だけのことかと思ったのですが、桜の開花時期に、ニテコ池の近くを歩いてみると、庭に桜の木を植えている家も多いのに改めて驚かされます。
こちらは名次山のあたり。
こちらは南郷山のあたり。
いずれも阪神間モダニズムの大正時代に開発された住宅地ですから、立派なお屋敷も多く、広い庭があったからこそかもしれません。
こちらは松下幸之助、むめ夫人が暮らしたニテコ池を望む名次庵の桜。夫妻はニテコ池の周りを散策し、桜を愛でられたそうです。
ニテコ池というと野坂昭如の『火垂るの墓』。
畔にある西宮市震災記念碑公園には小説『火垂るの墓』誕生の地の記念碑も建てられ、背景の桜も満開になっていました。
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