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昭和9年3月になって、ようやく根津との間に離別の話がつき、長男の清治は父親の根津が、長女の恵美子は母親の松子が養育することになり、谷崎潤一郎は、武庫郡本山村北畑にあった文化住宅風の家から、武庫郡精道村打出下宮塚一六番地(芦屋市宮川町十二番地)に転居します。 大谷晃一『仮面の谷崎潤一郎』からです。 大谷晃一は『細雪』から、芦屋の家を描いた文章を引用し、紹介しています。 <”蘆屋 のこのあたりは、もとは大部分山林や畑地だったのが、大正の末頃からぽつぽつ開けて行った土地さので、此の家の庭なども、そんな広くはないのだけれども、昔の面影を伝えている大木の松などが二三本取り入れてあり、西北部は隣家の植え込みを隔てて六甲一帯の山や丘陵が望まれる……” これは、後年の『細雪』の家の描写だが、潤一郎は松子とともに引っ越した。三月十四日だった。> <阪神芦屋駅から線路の一つ南の道を東へ七百メートルばかり、宮川に突き当たる手前に昔の庄屋風の家がある。芦屋でよく見られる、石をはめ込み瓦を置いた土塀に囲まれている。前よりよほどましな借家だった。近くに、すゑが嫁入りした京染の張幸の店があり、すゑが探してくれた。二階建てで、下が四間と台所、上が四間である。門のわきの中二階づくりの納屋がある。家賃は七十円。兵庫県武庫郡精道村打出下宮塚一六番地で、いま芦屋市宮川町四ノ一二。>(すゑ;谷崎潤一郎の妹) この家は、富田砕花の兄の持ち家で、西隣りに砕花が住んでいましたたが、後々まで砕花は隣に谷崎がいることに気づかなかったそうです。そして、谷崎が住吉に転居した後、富田砕花が入居し、その後、93歳で亡くなられるまでこの家に住まれました。現在は芦屋市が買い取り、富田砕花旧居として管理、一般公開されています。 「細雪 源氏の君のかかわりを わが庭に遺す 擬春日燈籠」と詠んでいます。
by seitar0
| 2024-03-20 15:09
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