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遠藤周作母子が住んだ仁川の家の跡地を訪ねた後、時間もあったことから久しぶりに遠藤周作が毎日しのびこんだという法華閣の渓流が、今どうなっているか行ってみることにしました。 『仁川の村のこと』からです。 <とりわけ、ぼくが好きだった散歩道はこの仁川のゴルフ場をぬけ、小林村の聖心女子学院の裏山に出て、逆瀬川におりる山径である。> 写真は宝塚ゴルフ倶楽部を抜ける道で、今は舗装もされています。 <この径はほとんど誰も知らない。日曜日のハイキング客たちもまだ気づいていないようだ。けれどもこの経と、それをとりまく風景とは一種、特別な雰囲気を持っていて、ぼくは後年仏蘭西のサボア地方に遊んだ時しばしば、あの仁川の散歩道をよみがえらしたほど似ているものを感じたのである。> 航空写真に黄色で示した道が遠藤周作の好きだった小仁川に沿った散歩道です。 出発点は仁川月見ヶ丘5丁目の遠藤の自宅、赤いポストのあるあたりから弁天池の方へ向かいます。 歩いてすぐ、弁天池に注ぐ小仁川に到着します。 弁天池の向こうに見えるのが阪急仁川駅です。 ここから小仁川を遡って宝塚ゴルフ倶楽部、小林聖心女子学院に向かって歩いて行きます。 母親の遠藤郁さんは小林聖心で音楽を教えておられましたので、彼女もこの道を歩いて通っていたのかも知れません。 遠藤周作が大好きだった法華閣への道標です。 小仁川は宝塚ゴルフ場の中に端を発するようですが、ここで左側にカーブして別れている支流が法華閣に続いているのです。 写真でおわかりのように、あたりはうぐいす台の団地として開発されています。 <少年の頃、ぼくはこの径の一角にある法華閣という寺が大好きだった。寺は山の中にあってその山には清冽な谿川がだれも訪うものもなくかすかな音をたてているのである。今だから白状するが、その頃、ぼくはこの谿川に一人で毎日、しのびこんだものだった。夏草と名もしれぬ草花のおいしげる山と山との間に聞こえるのは川のせせらぎだけである。川の中に素足をひたすと、それは氷のように冷たい。そして小さな魚が岩や石の間を素早く走るのである。> 現在はこのようにうぐいす台団地として開発され、元の法華閣は「宝塚うぐいす墓苑」となったようです。 そして、私の最も関心事だった遠藤周作が毎日しのびこんだという渓流に入ってみました。 梅雨のせいか、清流の量も多く、まだエッセイに書かれている姿が残されていました。 <夕暮れになると法華寺の鐘がなる。と、それを合図のように。むこうの丘・聖心女子学院の白い建物から夕の祈りの鐘がこれに応ずるのである。少年ながらも、ぼくはこの二つの異なった宗教、東洋の鐘と西欧の鐘のひびきの違いを、なにか不思議なもののように思いながら聞いたものだった。> 昔あった法華閣の写真がありました。 この渓流で遠藤周作は、静かに法華閣の東洋の鐘と小林聖心のアンジェラスの鐘を聴いていたのです。
by seitar0
| 2024-02-21 12:38
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