スコセッシ監督の『沈黙―サイレンス』を見ました。
BS1スペシャル「巨匠スコセッシ“沈黙”に挑む~よみがえる遠藤周作の世界~」でも紹介されていたように、遠藤周作の原作が忠実に映像化され、日本人の遠藤が訴えようとしたものがアメリカ人の監督の手により見事に伝わってきました。
スコセッシ監督は、「沈黙は私が読んだ本の中で最もよく信仰の葛藤を描いていた」と述べているように、遠藤周作が表現したかった、おのれの弱さや裏切りに対する苦悩という遠藤文学の本質を日本人以上に理解し、映像化に取り組んだのです。
1988年に監督はたまたまShusaku Endo “Silence”を読み、大きな衝撃を受け、「原作に忠実に作りたかったのはこの本と旅をしてきたからです」と繰り返し読み込んできたことを語っています。


更に英語版には誤訳と感じるところがあると、「その度に日本語の原作に戻り訂正しました」と語っているのです。
原作に忠実に映像化するために、下の写真のように撮影シーンと原作を容易に対比できるようにして、撮影を進めたそうです。
映画化に当たって調査した資料の蓄積も、半端でなく、日本二十六聖人記念館にある「雪のサンタマリア」や「穴吊り」などもその例です。
2009年に監督は長崎入りし、作品のイメージを膨らませたそうで、構想から実に28年もの歳月を経て完成したというのも頷けます。
エンドロールを見ながら、遠藤周作ファンにとっては、キチジローの狡さ、狡猾さなどの描き方が弱く感じたものの、よくぞここまで映像化してくれたという感慨に浸っておりました。
もし遠藤周作が生きていたなら、どんな感想をもらしたことでしょう。
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