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遠藤順子さんの『夫の宿題』を読んでいると、京都通いは十年以上続き、年末年始は定宿としていた京都ホテルで過ごされたそうです。 <京都では嵯峨野に家を持つまでは、十年以上もずっと三条の京都ホテルを定宿としていました。四季を通じて通っておりましたが、いつ行ってもベテランのドアマンが「先生お帰りなさいませ」と車のドアをあけてくれるときがとても嬉しくて、いつもの六四七号室に入ると、本当に自分の家に帰ってきたという安らぎを感じていたようです。> 現在はホテルオークラ京都となっていますが、その起源は神戸の実業家、前田又吉が1888年に二条橋西詰め上ル(現:鴨川二条大橋畔)で創業した旅館「京都常盤」です。 その後、旧勧業場跡地(現所在地)の払い下げを受け、1890年に洋風木造建築の「常盤ホテル」を開業させました。1891年に当時ロシア皇太子であったのちのニコライ二世(日露戦争時のロシア最後の皇帝)が宿泊しています。 それが、思いがけない大津事件に発展して、「常盤ホテル」の名は内外に知れわたるようになりました。 ホテルオークラ京都に行くと「長州屋敷跡」の石標が立っています。 文久三年八月十八日の政変で、堺町御門内に長州藩士たちはここから駆け付けました。 ホテルの西側には桂小五郎像があります。 <窓の正面に清水さんや八坂の塔が見え、その後景には東山三十六峰が勢揃いをし、左側には比叡のお山も望め、いかにも京都へ来たなあという趣がありました。祇園に近く、食べ歩きにも、買い物にも、芝居や映画を見に行くにも好都合のホテルで気に入って利用していました。> 遠藤周作が通った頃の京都ホテル(京都ホテルホームページより) 1994年に竣工した高さ60mの高層ビルへの改築をめぐっては京都の景観を破壊するとの激しい論争が繰り広げられました。 でもさすがに17階からの東山眺望は素晴らしいものでした。 左側の山が比叡山。その下の方に吉田山があります。 写真右側の山が清水山です。 遠藤周作は年末、年始に京都ホテルで司馬遼太郎さんと、よくご一緒され、穴場のお寺を教えていただき、お寺巡りをされたそうです。カトリック教徒の遠藤がお寺巡りをされていたたというのも興味深いのですが。 <ホテルへ帰ってくると二階のロビーで必ず「どうでしたか?」とお尋ねくださいまして、それにたいして主人もまた自分なりの印象や、考えていたことなどをお話して充実した一時をすごさせていただいておりました。司馬さんにゆっくりお目にかかれるということも、京都ホテルを定宿としている大きなメリットと考えていたように思います。> 遠藤周作は京都ホテルの建て替えに際しては、「あのまままのほうがいいのになあ」と残念がっておられたそうです。
by seitar0
| 2024-01-25 21:44
| 遠藤周作
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