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村上春樹は『村上朝日堂の逆襲』で「阪神間キッズ」と題して、少年時代を過ごした芦屋の印象について語っています。 <僕が生まれた場所は一応京都だけどすぐに兵庫県西宮市夙川というところに移り、それから同じ兵庫県芦屋市に移っている。だからどこの出身かというのは明確ではないのだが、十代を芦屋で送り、両親の家もここにあるのでいちおう芦屋市出身ということになっている。本当のことを言うともっと漠然と「阪神間出身」ということにしてもらえると僕自身しっくりするのだけれど、この「阪神間」ということばのニュアンスは関西関係者以外にはいくぶんわかりづらいところがある。> この「阪神間」という言葉は村上春樹にとって居心地の良い便利な言葉だったようですが、その定義には少し微妙なところがあり、関西人の間でさえ意見が異なります。 行政上の区分からすると、Wikipediaによると、 ![]() <阪神間の地図。濃い赤は阪神南県民センター管内(最も狭い定義)、赤(一般的な定義)と桃色(稀に阪神間から除外される区域)は阪神北県民局管内(兵庫県側の「北摂地域」)。濃い緑色は神戸市へ、濃い紫色は大阪市へそれぞれ編入されている歴史上の阪神間に含まれた地域。青は大阪府の豊能地域(水色の三島地域と併せて「北摂地域」と呼ばれる)。>とされ、現在の行政区分からは、濃い赤、赤、桃色が阪神間です。もちろん「間」というからには、大阪・神戸は含まれていません。 一方、淡交社の『阪神間モダニズム』で取り上げられた阪神間は、文化面から、 <ここに紹介する「阪神間」とは大阪と神戸に挟まれた六甲山を背景とする地域を指します。>と定義しており、結構この狭義の阪神間が、そこに暮らす人々にとってしっくりくるのです。 例えば、中井久夫は『阪神間の文化と須賀敦子』と題した須賀敦子の書評の中で、「風がちがうのよ」と語った須賀敦子の言葉から、阪神間の中の須賀敦子のテリトリーとして、東は阪急神戸線の西宮北口あたりから、西は御影のあたりまでとし、「阪神間」について次のように詳しく述べています。 <さて「阪神間」とは何だろうか。地理的には大阪と神戸の間のことである。しかし、阪急神戸線の西宮北口までは大阪文化圏に属する。阪神文化圏とは、あの「匂いのちがうところ」、私の友人の定義ではいう六甲山の急な崖の南、東は南郷山から西は阪急ならば御影と灘区に入って今の阪急六甲の中間までであるという。その他には、支脈とでもいうべきものが今津線沿いに宝塚まで、主に線路の山側にある。岡本・住吉とともに「阪神間」の子どもたちが通う学校が並ぶところである。東京の人は、こういう細かな定義に戸惑いを覚えられるだろう。そもそも、京都と大阪と神戸がこれほどの近さにありながら、文化があれほども違うのは何故だろうかという質問を受ける。> 中井久夫の友人の定義では、上の図の黄線で囲ったあたりです。 行政区分上の阪神間の定義とはかなり異なりますが、そこに住む多くの方が賛同されます。 自然がまだ多く残されていた少年時代を阪神間で過ごした村上春樹が「阪神間キッズ」でイメージした「阪神間」もこの狭義の阪神間だったのでしょう。 しかし、近年この周辺の宅地化がどんどん進み、自然や田畑が無くなってしまい、地域差が分からなくなっているのも事実です。 更に村上春樹『阪神間キッズ』の話を進めます。
by seitar0
| 2024-01-21 15:31
| 村上春樹
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