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村上春樹は生後まもなく西宮市に移り、西宮市立浜脇小学校に入学。その後、昭和32年(1957)に分離開校した西宮市立香櫨園小学校に移り、卒業しています。おそらくその頃見に行った 西宮の今津灯台が村上春樹の印象に残っていたのでしょう。 『1973年のピンボール』からです。 <無人灯台は何度も折れ曲がった長い突堤の先にぽつんと立っていた。高さは三メートルばかり、さして大きなものではない。海が汚れ始め、沿岸から魚がすっかり姿を消すまでは何隻かの漁船がこの灯台を利用した。港といったものがあったわけではない。浜辺にレールのような簡素な木の枠が組まれ、漁師がウィンチでロープを引いて漁船を浜に上げた。> 写真は大関酒造今津灯台よりhttps://www.ozeki.co.jp/imazutoudai/pc/top.html <魚が姿を消したことと、住宅都市に漁村があることが好ましくないという住民のとりとめない要望と、彼らが浜辺に建てた小屋が市有地の不法占拠であっという三つの理由によって漁師たちはこの地を去っていた。一九六二年のことだ。> これはほとんど史実に則って書かれています。 西宮の漁場は、海岸地帯が工業地域に移り変わるとともに、海水汚染が進み、昭和40年に海水浴場も閉鎖され、西宮・尼崎・芦屋・神戸の漁業組合が相次いで解散し、昭和48年には前年まで34軒あった漁業経営者も2軒となって、「宮じゃこ」を干す風景は見られなくなりました。 <左手の遠くには巨大な港があった。何本ものクレーン、浮ドック、箱のような倉庫、貨物船、高層ビル、そういったものが見渡亘る。右手には内側に向って湾曲した海岸線に沿って、静かな住宅街やヨット・ハーバー、酒造会社の古い倉庫が続き、それが一区切りついたあたりからは工業地帯の球形のタンクや高い煙突が並び、その白い煙がぼんやりと空を被っていた。そしてそれが十歳の鼠にとっての世界の果てでもあった。> これは村上春樹が十歳の時、西宮浜で見た光景を描いたのではないでしょうか。阪神間の砂浜から見える景色が凝縮しています。 <少年時代を通しての春から秋の初めにかけて、鼠は何度も灯台に通った。波の高い日にはしぶきが彼の足を洗い、風が頭上で唸り、苔のはえた敷石は何度となく彼の小さな足を滑らせた。それでも灯台への道は彼にとって何にも増して親しいものであった。突堤の先に座って波の音に耳を澄ませ、空の雲や小鯵の群れを眺め、ポケットに詰めた小石を沖に向って投げる。> 今津灯台は江戸時代末期に地元の酒蔵によって建てられ、現役の木造の灯台としては日本で最も古く、西宮市の重要有形文化財に指定されています。 上の図は昭和11年吉田初三郎鳥観図に描かれた今津灯台です。 現在は、新川・東川の河口部で南海トラフ地震による津波対策などを目的に水門の設置や排水施設の整備を進められ、昨年から灯台も従来の場所から160メートルほど離れた対岸に移設する工事が行われています。 行ってみると、既に元の場所から撤去され、移転先に移っていました。 大きな新川・東川統合水門とその手前に移設前の今津灯台がありました。 今津灯台は2月中旬ごろには元の姿になる予定で、周辺も公園(340平方メートル)として整備され、4月には再点灯の見込みです。
by seitar0
| 2024-01-18 21:03
| 村上春樹
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