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岩谷時子さんは昭和13年の暮れに、西宮市今津町から宝塚市上川面に引っ越しています。当時、父謙三は結核を患っていました。 村岡恵理『ラストダンスは私に 岩谷時子物語』からです。 <「もし私が死んで、生活に困ったら、その時はお母さんとふたりで山陰本線に飛び乗って、まっすぐに故郷に帰ればいい。お前たちのことは姉夫婦に頼んであるから」ひとり娘の時子の夢のために、病身の父自らが田舎に帰るのを先延ばしにしたのだった。御殿山のふもとの小さな家の、時子の部屋に面した2階のベランダからは大劇場のレンガ色の屋根が見えた。文芸図書館にも歩いて通えた。暮らしてみると宝塚は、想像していた以上に、神聖で自然の恵み豊かな清らかな土地だった。この土地の精霊がきっと何か良い運気をもたらしてくれる。そんな予感がした。> 宝塚では上の地図の黄線で囲ったあたりに住まれていたようです。御殿山には「宝の塚」と記された石碑が現存しています。 宝塚大劇場の赤いレンガ色の屋根も見えます。 <正月を田舎から送られてきた餅やかまぼこでさあしゃかに祝い、時子は母とふたり、紋付を着て近くの皇太神社を詣で、さらに清荒神まで足を延ばして、父の病気平癒と今年中に時子が就職できるように祈念した。> 初詣に行った皇太神社は、最初の地図の赤丸で囲ったところです。 神戸女学院を卒業しても就職先がみつからなかった岩谷時子ですが、昭和14年秋、ようやく月刊誌『宝塚』、『宝塚グラフ』などを刊行する宝塚文芸出版部に就職し、一家の家計を支えるようになります。 しかし昭和16年2月、結核を患っていた父岩谷謙三が亡くなり、その年の12月8日には、ついに太平洋戦争が始まってしまいます。 そして昭和19年には『翼の決戦』を最後に大劇場は閉鎖され、海軍に接収されたのです。
by seitar0
| 2023-12-14 15:37
| 岩谷時子
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