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神戸を舞台にした作品を探していると、昭和13年に発表された中河与一著『天の夕顔』という、現代ではとても考えられない、あまりにもストイックな恋愛小説を見つけました。 この小説は発表当時文壇から黙殺されたそうですが、戦中戦後に渡って45万部も出された上、西欧諸国でもゲーテの『若きウェルテルの悩み』に比較される浪漫主義文学の名作として各国語訳され、高い評価を得た作品です。 昭和23年には高峰三枝子主演の映画にもなっていました。 あらすじは主人公が22歳の京都の大学生の時に知り合った7歳年上の人妻に、思慕の念を生涯持ち続け、体の関係のないまま20年以上が過ぎ、その女性が死んでしまうというものです。 その女性が住む昭和13年ごろの神戸の街の風景が描かれていました。 <八月下旬の夕ぐれ近く、わたくしは、じっとしてられなくなると、あの人を神戸の端れの熊内に訪ねてゆきました。>とあり、現在の神戸市中央区熊内町(くもちちょう)に住んでいたことがわかります。 新神戸駅の東側で、地図の黄線で囲ったあたりです。 <わたくしは傾斜の多い神戸の街を通って、布引の砂山(いさごやま)から東へかけて弓なりに湾曲しているあたり、丁度その中に抱き込まれているような高みのところに出、それからガラス張りの洋風の家などのならんでいるあたりで、わたくしは、やっとあの人のうちの門札を見つけたのです。> 砂山とは布引の滝で有名な布引山のことで、元々生田神社がここに祀られており、799年の大洪水により砂山の麓が崩れ、山全体が崩壊するおそれがあったため、祠から御神体を持ち帰り、現在地にある生田の森に移転したといわれています。 熊内の地名は、生田神社が祀られた神域領内、すなわち神内(くまうち)だったとも、山の隈内(奥まって隠れた場所)になるためとも、生田神社の供米(くまい)地だったからとも言われています。 昭和7年の地図を見ると、もちろんまだ新神戸駅はなく、赤線で囲った位置に熊内八幡神社があります。 この地図を見ていると、現在の新神戸駅前にあるANAクラウンプラザ神戸のあるあたり一帯が川崎邸であったことがわかります。(黄線で囲ったところ) ここには川崎邸と共に、日本初の私立美術館「川崎美術館」もありました。(写真は当時の川崎美術館外観) 愛する女性の家は、熊内八幡神社の下あたりだったのでしょう。阪神間モダニズムの時代に建てられた洋館も並んでいたようです。 <二階に通されました。大阪の方の町の灯がチラチラと海の向こうに見えました。それをあの人が指ざしで説明してくれました。それは賑やかにみえて、はかなく、人間のいとなみというものを、大きい自然の暗黒の中で寂しげにまたたかせていました。> 当時は高層ビルもなく、女性の家の二階からは神戸市街から大阪湾、その向こうに町の灯が見えたようです。
by seitar0
| 2023-11-25 13:08
| 神戸
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