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W.M.ヴォーリズは賀川豊彦とも交友があったようで、玉岡かおる『春いちばん』には、ハルが女工として勤める福音印刷合資会社の神戸工場に賀川豊彦とW.M.ヴォーリズが訪ねてくる場面が描かれています。ヴォーリズと賀川豊彦の交友があったことは事実のようです。 写真は元町1丁目にあった福音印刷合資會社内部(神戸国際キリスト教会のサイトより) http://kicc.sub.jp/ecumensty/%E8%B3%80%E5%B7%9D%E8%B1%8A%E5%BD%A6%E3%80%80/ 福音印刷合資会社神戸工場では社員教育のため毎週月曜日には礼拝に参加することが義務付けられており、そこに牧師として賀川豊彦がやってくるようになったのです。 ある日、W,M.ヴォーリズが神戸工場に姿を現します。 <「さて、同じ志の方がもう一人、来られた」賀川が招いておいた来客のようである。明石湊病院を退院した後で入院してきた、いわば病人仲間です。彼は眼を患っていまして」やってきたのは背の高い一人のアメリカ人だった。西洋の進んだ医療を施す病院もキリスト教の教会の力で建てたものが多かったから、二人のつながりもそこを介して始まった> これは明治44年頃のお話かと思いますが、その年、ヴォーリズは理想郷の建設に向け、商売で得た資金を社会奉仕に投入することを理念に、伝道団体「近江ミッション」を設立し、本格的な伝道活動を開始しています。その活動の一つだったのでしょう。ヴォーリズは独自の印刷所を持ちたいと考え、神戸工場の見学にやって来たのです。女工たちは30代の金髪碧眼の青年を間近に見て驚きます。 <「手は止めなくていい。こちらはアメリカから来て、たった一人で、近江八幡で伝道を始めた方だ」近江八幡?誰もそこへ行ったことはないが、地名からして、古くから八幡さまを祀る地だとはうかがえる。そんな地で、異人さんが、キリスト教の伝道?取り合わせの奇妙さに、皆、彼に注目せずにはいられない。> 「近江ミッション」のお話です。 <ウィリアム・メレル・ヴォーリズ。後に賀川とともに、キリスト教を介した強い絆で日本とアメリカに大きな橋渡しをする人物である。その彼が、「ようけ(たくさん)作ってまんなあ」唐突に発した言葉が関西の方言だったので、皆は大爆笑した。女工頭として皆を静めなければならないのに、ハルも笑った。彼は若い女工らに受けて調子に乗ったのか、「お気張りやっしゃー」さらに笑いの大盤振る舞いだ。> ヴォーリズが関西の方言を学んだとすると、1919(大正8)年、広岡浅子の娘婿・広岡恵三(加島銀行、大同生命、大阪電気軌道社長)の自宅設計に設計者として招かれており、妻となる恵三の妹・一柳満喜子とここで出会います。 そのころ関西弁を覚えたのかもしれません。 史実としては、ヴォーリズの『芥種』を印刷していたのが、ハルが女工として7年間働いた神戸福音印刷会社であり、賀川豊彦はその支店長・菅間氏に見せて貰い、愛読していました。その後、賀川がヴォーリズと知り合いになったのは吉田悦蔵を通してでした。 (吉田悦蔵著『近江の兄弟ヴォーリズ等』による
by seitar0
| 2023-09-20 22:31
| 玉岡かおる
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