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賀川豊彦は大正15年に兵庫県武庫郡(現;西宮市)の瓦木村に移り住みました。そこで農民福音学校も立ち上げ、全国から選ばれてきた青年たちに立体農業の講義をしていました。 昭和11年の鳥観図を見ると、熊野神社の鳥居が描かれており、その手前の少し大きな建物が農民福音学校を描いたものと思われます。 彼らの食事の世話は一家総出、小さな子供たちも手伝います。 <ハルは彼らのための食事の世話をした。「スミちゃん、はい、これお願いね」お手伝いを言いつけると、小さな純基は持たされた鈴をチリンチリンと鳴らし、「オチョクジのおジカンでちゅよ」と言って回る。熱くなっていた青年たちがほっと笑顔に緩むのを見計らって、ハルは大きな飯台を運び込むのだ。> 現在、その跡地には西宮一麦教会と一麦保育園が建てられています。 小さな子供たちは、熱心に学んでいた青年たちの心を和ませていました。 現在の一麦保育園の園庭にある石碑です。子供たちの声が聞こえてきそうです。 子供たちは武庫川にも近い瓦木村の自然を楽しんだようです。 <子供たちの遊び場は六甲まで続くこの自然だと賀川は言ったが、夕べになると、川を渡る風が快かった。川には阪急電車の鉄橋も架かっており、減速して駅に入る電車の音が響いてくる。ここからは西宮北口駅が近く、賀川にとっては神戸にも大阪にも仕事に出掛けるには至便の地だ。彼はよく家路の途上にある鎮守の杜に寄り道ををしたが、そこでひとときを過ごせば彼の中の詩人の魂が蘇生するようだった。> 現在の阪急電車武庫川橋梁です。 付近にはもう田畑が残っていませんが、賀川豊彦が思索の場所とした鎮守の杜は今もわずかに残っています。
by seitar0
| 2023-09-09 12:27
| 玉岡かおる
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