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玉岡かおる『春いちばん』は、大正から昭和にかけて、貧困・男女格差・労働者搾取など数々の社会問題に夫の賀川豊彦とともに立ち向かった女性、ハルの物語です。 ![]() 神戸のスラム街で幾多の苦難に直面しながらも、豊彦とハルは貧しい人たちを支え続け、労働運動、協同組合運動、婦人解放運動、そして関東大震災での救援活動とつながり、時代のうねりを創り出したのです。 ![]() 賀川夫妻は瓦木村(現;西宮市)に一時住んでいましたが、『春いちばん』の最後の方に、その頃のお話が書かれていました。 <「今度はどこにお引越しで?」青春の地、神戸を去った時から、ハルにはこだわりのない広い視野が備わった。関西で生まれ幼い頃まで育った賀川が選んだのは兵庫県武庫郡(現;西宮市)の瓦木村。幼い子供らの教育のことも考え、広やかな川辺に緑なす田園の中に一軒家を借りた。むろん家族だけの住まいではなく、ここで幼児教育を実践。そして「農民福音学校」を開き、農民教育の場とするのである。> 1926(大正15)年、賀川豊彦38歳の時、東京の松沢から家族と共に兵庫県武庫郡瓦木村高木東ノ口(現在の西宮市高木東町5)に転居しています。 ![]() ![]() 昭和7年の地図、黄色の線で囲ったあたりです。 更に、新たに自宅近くの西宮市高木字南芝781(現在の高木東町11)に300坪の敷地を購入し、二階建ての農民福音学校(通称「一麦寮」)を建設したのです。 ![]() 昭和6年12月に建物が出来上がりました。 農民福音学校は、宗教によって心を養い、かつ農業関係の知識と技能を養うもので、当初は農業に従事し農村伝道を志す者を十名に限り学ばせ、食費の半額は補助し、期間中は師弟で寝食を共にするという試みでした。 全国から選ばれてきた青年たちは、いわばSDGsの先駆けとも言うべき立体農業の講義を食い入るように聴いていました。 <一言も聞き漏らすまいと目を輝かせる青年たちを、賀川は聖書の言葉になぞらえ、「一粒の麦」と呼んだ。「一粒の麦もし死なずば、多くの実を結ぶべし。きみたちはこの“一粒の麦”になって、地元の帰って無数の麦を実らせてくれ」瓦木村のこの家が一麦寮という名になったのもこれに由来する。> ![]() 現在の一麦教会のあるところです。 一麦寮の意味もわkりました。
by seitar0
| 2023-09-07 11:40
| 玉岡かおる
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