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サマセット・モームが、1911年に起こった実在の事件を題材として、ラッフルズ・ホテルで書いた短編『手紙』には、当時シンガポールでも評判だった「ミリオンダラー」というカクテルが、小説に登場する弁護士の妻ジョイス夫人が創作したカクテルとして登場します。 裁判が終わり、ジョイス家に皆が到着したときの様子です。 <彼らがヂョイス家に着いたときは、すばらしい午餐が彼らを待っていた。コクテイルの用意もあり、ヂョイス夫人のミリオン・ダラ・コクテイルはマレイ諸州を通じての評判の高いもので、ヂョイス夫人はレスリイの健康を祝して乾杯した。>(昭和30年新潮社『サマセット・モーム全集 第十六巻』) ラッフルズ・ホテルで購入した“Raffles Legend and Stories”のなかにも“Somerset Maugham,Another Story”という記事があり、その中で、モームの『手紙』から、ジョイス夫人がミリオンダラー・カクテルを作った人物であると紹介しています。 <ジョイス夫人は、彼女が創作したミリオンダラー・カクテルでゲストをもてなしたことで特に有名でした。裁判の後、何が起こったのかというと、ミリオンダラー・カクテルはシンガポールとマラヤで最も有名な飲み物となり、あらゆるバーやパーティで提供されるようになりました。しかしNgiamのバーテンダーたちが代々その伝統を引き継いだため、それはラッフルズのみで生き残りました。> ここで登場するラッフルズの嚴崇文(Ngiam Tong Boon)は1915年にシンガポール スリングを生み出した人物です。(下の写真の右の人物) しかし、真の創作者はイギリス人のルイス・エッピンガー(Louis Eppinger)で、1889年(明治22年)に横浜グランド・ホテルの総支配人として招かれ、バンブー やミリオン・ダラーを考案したそうです。横浜のグランド・ホテルの1894年のメニューに掲載されているそうで、間違いありません。 さらに横浜グランド・ホテルのエッピンガーの下で修業した浜田晶吾は、のちに銀座のカフェー・ライオンに移籍し、本格カクテルを提供しましたが、特にミリオン・ダラーは大人気となりました。 菊池寛が1926年に「酒ならばコクテール、コクテールならばミリオンダラー・コクテール、雑誌ならばわが文藝春秋」と広告文を読売新聞に掲載したことでも有名です。 オリジナルのレシピではジンは加糖されたオールド・トム・ジンで、甘みが強いものでした。ドライ・ジンを用いたレシピは、1910年にラッフルズ・ホテルの厳崇文(Ngiam Tong Boon ニギアム・トン・ブーン)によって考案されたと言われており、それが丁度、プラウドロック事件の一年前でしたから、ラッフルズ・ホテルのミリオンダラー・カクテルにつながり、モームの『手紙』につながっていきます。 またサマセット・モームは1917年にミリオンダラー発祥の横浜グランドホテルに宿泊しており、『困ったときの友』に当時の様子を描いています。 <ある日の午後、私はグランド・ホテルの休憩室に坐っていた。これはまだ関東大震災の前のことで、そこには革張りの肘掛椅子があった。そこの窓からは、人力車の往来が、ごったがえした港の光景が、広々と見渡せるのだった。バンクーバーやサンフランシスコに行く途中の、あるいは上海、香港、シンガポールを経てヨーロッパに向かう、大型の定期船が入っていた。長い航海に疲れ果てて押しつぶされたような、あちこちの国旗もった貨物船や、船尾の高い、色とりどりの大きな帆をもった帆船や、無数の小舟(サンパン)があった。> モームは横浜グランド・ホテルでもミリオンダラーを楽しんだかもしれません。 これでミリオンダラー・カクテルのお話から、ラッフルズホテル、横浜グランドホテルまで繋がりました。
by seitar0
| 2023-08-26 15:12
| 海外
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