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サマセット・モームは生涯、長期旅行し、世界各国を舞台にした作品を残しています。 シンガポールでは、まだ英国植民地時代の時からラッフルズ・ホテルを定宿とし、様々な作品を執筆し、「ラッフルズ、その名は東洋の神秘に彩られている」という言葉を残しています。 写真右がラッフルズ・ホテルのパーム・コートのサマセット・モーム。 モームがラッフルズ・ホテルでウィスキー・ソーダを飲みながら実際に起こった事件をもとに構想を練った短編が『手紙』です。 その事件とは、英国領だったクアラルンプールで起こったエセル・プラウドロック事件で、1911年4月の夜、学校長の夫が同僚の教師と食事をしている間、一人でバンガローにいた妻のエセル・プラウドロックが友人の鉱山管理者ウィリアム・スチュワードを射殺した事件です。彼を送ってきた人力車の車夫は2発の銃声を聞き、そのあとスチュワードがベランダを越えてよろめきながら家から出て来て、続いてリボルバーを持ったエセルが追いかけて残り4発を撃ったのを目撃しました。 エセルは 殺人罪で裁判にかけられ、スチュワードが彼女をレイプしようとしたので正当防衛だったと主張したのですが、裁判官は証言の矛盾やその他の状況証拠に基づいて彼女を殺人罪で有罪とし、死刑を宣告したのです。 モームはこの事件をもとに『手紙』と題した作品を執筆し、 1926年に刊行しました。 小説では、エセルはレズリー・クロスビーという名前に変わり、夫はマラヤのイギリス植民地にあるプランテーションの主、ロバート・クロスビーで、仕事で家をあけていた時、妻のレズリーが友人であるジェフ・ハモンドを射殺するという事件になっています。 レズリーはシンガポールで裁判を受けることになり、強姦未遂にあって自分の身を守るための正当防衛だったと主張します。しかし、ハモンドの恋人の中国人の女性が、レズリーがハモンドと関係していたことを示唆する手紙を持っていたことがわかり、話は展開していきます。 『手紙』の冒頭で1920年代、英国植民地だったころのシンガポールの様子が描かれています。 <重い荷物を担いだ苦力たちは、彼等特有のすばしこい駈け足でするするとすり抜けてゆき、行人に路を譲らせるために大声で怒鳴っている。行商人が品物の名を呼び立てる。シンガポールは何百という人種の交流点だ。ありとあらゆる色をした人間たち、黒いタミル人、黄色い中国人、褐色のマレー人、アルメニア人、ユダヤ人にベンガル人、などが互いに荒々しい声で呼び合っている。だがリプリー・ジョイス・ネイラー法律事務所のなかは、快い涼しさがただよっていた。> 埃っぽく、喧騒に包まれた町の中にあっても、静かさが保たれた英国人の法律事務所。 ラッフルズ・ホテルもそのようなところだったのでしょう。 1900年代のラッフルズ・ホテル、まだ人力車が走っています。 1900年代のパーム・コート。 モームは喧騒から離れ、ウィスキー・ソーダでも飲みながら部屋で執筆したのでしょう。 『手紙』は評判を呼び、戯曲として書き直され、1927年にはロンドンのプレイハウス・シアターで初演されています。 また何度も映像化され、中でもパラマウント映画が製作したジャン・ド・リミュール監督による1929年のジャンヌ・イーゲルスと、ハーバート・マーシャルが主演した映画『手紙』と、 ワーナー・ブラザースが製作したウィリアム・ワイラー監督、ベティ・デイヴィス主演の1940年の邦題『月光の女』の2本が最もよく知られています。 下の写真はYou Tube The Shocking & Sensational Case of Ethel Proudlock より。 『手紙』はモームの短編のなかでも最優秀作品の一つと評価されており、中野好夫氏は訳者はしがきで、イギリス植民地時代、文明から遠く離れて、やってきた移住者たちは慣れない酷熱の風土、習慣の異なった現地人たちとの接触によって、しらずしらず神経衰弱し、異常な精神状態で起こした事件に、モームが興味をもったことにより生まれた短と述べています。 当時の時代背景など考えながら読むと面白い小説です。
by seitar0
| 2023-08-24 22:31
| 海外
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