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アニメーション映画・美術家、画家としてスタジオジブリの作品の美術監督などを務めた山本二三氏の訃報が伝わってまいりました。 美術監督として手掛けられた数々の作品が思い出されますが、アニメ映画『火垂るの墓』の背景画を見たとき、原作者・野坂昭如は「アニメ恐るべし」と感嘆しました。 野坂昭如は映画公開の前年、小説新潮にそのことについて寄稿しています。野坂は、小説の映画化にあたって、両者は別物であると考え、いっさい注文を付けたことがなかったそうですが、『火垂るの墓』だけには、原作者のこだわりがあり、あの時代を丸ごと描いてもらいたいと思うものの、それを映像化するのは不可能だと考えていたのです。 しかし、アニメーションの話が飛び込んできたとき、小説に描かれている場所を、スタッフと一緒に歩き、そのラフスケッチを確認し、ちょっと冒険するような感じで、承諾したと述べています。 <スタッフを案内したのは、ぼくが、二か月余り過ごした場所、小説の舞台と重なり合う家並み、道筋から、少し離れたところ。どうせ以前とはまるで変っているのだからと自分に弁解しつつ、実をいうと、今でもそこへ近づくのが怖い、ぼくにとって、犯罪現場といっていい。ところが、シャーロック・ホームズの如く、スタッフは、見たはずのない「火垂るの墓」、いや、ぼくの過ごした時間と空間を、正確につかんでしまったらしい。> 上の絵が、野坂昭如が二か月余り過ごした満池谷町の家並みです。 現在はまったく様変わりしています。 山本二三が野坂に案内されてスケッチしたのは1987年のことです。もうその頃はほとんど田畑も残っていませんでしたから、野坂の説明を聞きながら想像して描いたのでしょう。 野坂昭如が過ごした満池谷町の遠縁の親戚の家は上の写真の左側にありました。 それを山本二三は上の絵のように描いたのです。 そして野坂はスケッチを見た時の驚きを次のように述べています。 <スケッチをみて、本当に驚いた。葉末の一つ一つに、蛍が群がっていた。せせらぎをおおいつくす草むらの姿が、奇跡の如く、えがかれている。ぼくの舌ったらずな説明を、描き手、監督の想像力が正しく補って、ただ茫然とするばかりであった。> 最後は次のように結んでいます。 <おかげで、吹っ切れたような気持ちもする。「火垂るの墓」を書いた自分にこだわって、いわば、自らを写しだす鏡から、眼をそむけつづけてきたのだ。ラフスケッチの一枚から引き出されてきたぼくの過去と、今は、少し正直に向き合っている。 しみじみアニメ恐るべし。> 戦時中の夙川橋や回生病院の絵ですが、1987年の景色からよく想像して描けたものだと、私も感嘆しております。 山本二三氏のご冥福を 心よりお祈りいたします。
by seitar0
| 2023-08-22 10:16
| 野坂昭如
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