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村松友視・管洋志『アジア幻想 モームを旅する』で、戦時中の逸話を引用し、複雑な気分で受け止めたと述べています。 <ラッフルズ・ホテルのエリザべサン・グリルには、ロースト・ビーフを運ぶ自慢のワゴンがあった。ところが、第二次世界大戦が始まり、シンガポールは日本軍に占領された。そして、シンガポールに入った山下泰文は、南方総司令部をラッフルズに置いた。やがてラッフルズ・ホテルは「昭南旅館」と名前を変え、日本軍撤退まで日本人の手によって経営された。キプリングやモームの名が記された宿泊名簿なども、日本軍の手によって焼き払われてしまったのである。> どのような理由かよく理解できませんが、宿泊名簿まで焼き払われたのは残念なことです。 <さて、その際メイン・グリルの銀のワゴンを、ラッフルズ・ホテルの従業員は、日本軍侵入直前パーム・コートのどこかに埋めてしまったのだ。つまり、自分たちの文化的財産を野蛮な日本軍に渡してなるものかという、ラッフルズの気概だったのだろう。ロースト・ビーフを運ぶ銀のワゴンという文化的存在が、日本軍の目には金目の代物くらいしか映るまいという冷静さが、彼らの勇断を導いたのだった。> この中庭のどこかに埋めたようです。 ところが日本人の将校がそれを知っていて、在り方をつきとめようとしますが、従業員は口を割らず、ついに銀のワゴンを隠し通します。 <そして、戦後になって銀のワゴンは掘り出され、いまもロースト・ビーフをサービスする。メイン・グリルの主役のひとつをつとめている。> その銀色のビーフ ワゴンは、ホテルの 2 回目の修復までレストランでまだ使用されていました。(上の写真です) さてこの逸話について、村松友視は複雑な見方をしています。 <このエピソードを、私は複雑な気分で受け止めた。ラッフルズ・ホテルが誇りを守ったのは大したものだったが、その誇りはいったい誰の誇りなのだろう。大英帝国の植民下で磨き上げた文化への誇りを、彼らは守ったことになる。> しかし、事実は他の銀器も全て埋めて隠したとあり、文化を守るというより金目のものを日本軍に略奪されないために埋めて隠したようです。 後日談が”Raffles Legends and Histories”に書かれていました。 戦後ラッフルズの宿泊客増加に対応し、銀器も増やしたのですが、銀のティースプーンや銀の塩コショウセットや銀のレモン絞り器などが消え始めたそうです。 これを支配人は損失であるが大きな宣伝にもなると考え、ホテルの「リトルショップ」に記念品として揃え、販売したところ大きな利益をもたらしたそうです。 現在もRaffles Boutiqueに行くと、歴史的な展示とお土産が販売されていました。
by seitar0
| 2023-08-21 13:04
| 海外
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