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岩谷時子さんは、父親に御前に残してやれる財産がないから、その代わりに学校に行きなさいといわれ、市立西宮女学校卒業後、神戸女学院へ入学しました。 昭和11年の吉田初三郎鳥観図に神戸女学院が描かれていました。 村岡恵理著『ラストダンスは私に』で、岩谷時子さんが神戸女学院卒業後もストウ先生からバースデイ・カードが送られてきたことが書かれていました。 <知らぬうちに郵便配達人が来たらしく、玄関の上り口に時子宛ての封書が放り込まれていた。封筒にはKOBE COLLEGE OKADAYAMA NISHINOMIYA JAPANと印字されている。神戸女学院大学で英文学を教わったアメリカ人のメアリー・ストウ先生から届いた、リュートや横笛、ラッパなどを奏でる天使の楽隊が描かれたバースデー・カードだった。1938(昭和13)年3月28日、岩谷時子は22歳の誕生日を迎えた。> 岩谷時子さんは昭和8年から10年まで在学しており、メアリー・ストウ先生の名前は現在も『メアリー・アンド・グレイス・ストウ学生寮』 として残っています。 1995年の阪神淡路大震災まではグリーンウッド館という建物がありました。この建物は姉妹で神戸女学院の教育に尽くしたストウ姉妹の住宅として建てられたもので、当時はStowe Houseと呼ばれていたそうです。 在りし日のグリーンウッド館の前に立つストウ姉妹の写真です。(2013年『神戸女学院岡田山キャンパス ―ヴォーリズ建築の魅力とメッセージ』より) 姉メアリー・エリザベス・ストウと妹のグレイス・ハンナ・ストウは宣教師として着任し、姉メアリーは神戸女学院の英語教授法のクルー・メソドの元になる教授法を導入し、高等女学部の英語教育の礎を築いた方です。 この時代、教師と学生のつながりも強かったのでしょう。 <誕生日なんてちっともめでたくない、と頭では思っていても、外国製の洒落たカードには胸がときめいた。髪をポンパドールに結い上げ、緑の中庭を優雅に歩くミス・ストウの姿が胸に浮かぶ。不義理をしているにもかかわらず、毎年誕生日を憶えていてくれる。卒業してからもう三年という月日が無為に経っていた。> 当時は父親が結核を病んでおり、卒業後の就職先もきまらず、誕生日を祝う気持ちにはなれなかったようです。 <ウビガンの香水をほのかに香らせていた友人、英語の堪能な上級生、赤い屋根瓦の校舎、アーチ窓から差し込む穏やかな光、オルガンに合わせて皆で唱和した讃美歌……。聖書の教えは時子にはわからないことが多かったが、讃美歌は理屈抜きに好きだった。> 写真の左側が岩谷時子さんが学んだ文学館、右側の建物が図書館です。 岩谷さんも通った図書館です。 讃美歌を皆で唱和したソールチャペルです。 岡田山の丘上に建つ校舎で過ごした2年間は、間違いなく時子の青春時代でした。
by seitar0
| 2023-08-19 19:49
| 岩谷時子
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