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日本近代文学会関西支部編集委員会編『<異>なる関西』からです。 <阪神と阪急の「理想的住宅」の開発競争は、1920年代に激化する。とくに後発の阪急は急速に追い上げた。阪神は甲子園(1928)の開発のみだが、阪急は、1920年7月に十三―神戸間を開通して以降、岡本(1921)、西宮・甲東園(1923)、西宮・仁川(1924)、伊丹・稲野(1926)、西宮北口・甲風園(1929)と、ほぼ隔年で住宅地を開いた。> 続いて、地元紙の『神戸附録』の1923年1月に「過渡期にある阪神間の理想住宅」と題した連載記事が紹介されます。 <「阪神沿道で大きな建物と云えば」と語り出し、大谷光瑞の“二楽荘”(1908)と久原財閥の”久原房之助邸“(1908)を筆頭に挙げている。次いで、岩井商店の”岩井勝次郎邸“(1906)、野村財閥の”野村徳七邸“(1921)、摩耶鋼索鉄道の”長谷川銈五郎邸“(1918)、藤澤商店の”藤澤友吉邸“(1921)などを並べていく。いずれも、住吉、御影、芦屋の大邸宅である。> 大谷光瑞の“二楽荘” 久原財閥の”久原房之助邸“ 岩井商店の”岩井勝次郎邸“ いずれも広大な敷地に御殿という趣です。 住吉・御影にあった大邸宅群の地図ですが、当時の富豪の名前が揃っています。 そして記事には「僅か三四十坪の瀟洒な洋館小住宅が其間を点綴して此頃一段の色彩を添えて来たのは嬉しいこと」として大邸宅の間に生まれた「小住宅」が彩を添えていることが書かれています。 <其中にはバンガローありコッテージありコロニアルタイプのものありあめりか屋のものあり、和洋折衷のもの日本家屋に洋館を喰附けたものなどとりどり様々、文化生活の理想が思い思いの形象と色彩を生んでパノラマのように赤、青、白の綾どりを織りなしているのは美しい一つの画であり又住宅改良に憂身を窶す過渡時代の煩雑と混乱とでもある> ここで「バンガロー」とは、当時カリフォルニアで流行していたベランダ付きの木造平屋建てのことで、普及させたのが橋口信助の「あめりか屋」でした。 「あめりか屋」が大正11年に箕面の「桜ケ丘住宅改造博覧会」で桜ケ丘住宅改造博覧会で建てた住宅が現在も残っています。 文化学院の創立者、西村伊作もあめりか屋と並んで住宅改良運動を推進した建築家です。1921年に御影に建築設計事務所を構え、『田園小住家』で自身が設計した「バンガロー」や「コツテージ」について解説しています。 写真は西村伊作の建築事務所「西村建築株式会社」が昭和モダニズム期に製作した宣伝リーフレットです。 そしてコロニアルタイプを当時普及させたのはウィリアム・M・ヴォーリズです。 写真は御影にあったヴォーリズ設計の小寺邸。小川洋子さんの『ミーナの行進』のモデルにもなった洋館です。 阪田寛夫は『わが小林一三』で戦前のこのあたりの風景を感傷的に綴っています。 <もし少年時代のある日のたそがれどき、坂の多い松の香りにむせるようなその街の一角に、感傷に身をまかせて立ちすくんでいたとすれば、石英分の多い六甲の峰々が上の方から順に紫色に変わって行き、やがて同じ色の風が麓の洋館赤屋根の瓦や壁まで深く染めるのを、世界苦の響きを聞く面持ちでどんなにか苦しげにこの身の肌に受け止めようとしたことだろう。> 『大阪朝日新聞神戸附録』の記事には、阪神間という「田園」の上に欧米の種々の建築様式が移築されている様子が写真入りで説明されており、これから阪神間に移住しようとする中流階級の興味を強烈に惹いたようです。
by seitar0
| 2023-06-16 19:58
| 御影
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