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大西明子『神戸モダンの女』で、主人公の多津は父親好みの西洋式学校に入学します。 <松楓高等女学校は英国聖公会のミッションスクールだ。多津子が入学した時、校舎は神戸の中心地の北野にあったが、翌年の1929(昭和4)年に摩耶山の麓の青谷に移転した。斜面の上の新しい木造の本館は堂々とした造りで窓が大きい。窓枠は緑色のペンキで塗られ、摩耶山の松とよく調和している。校舎の中は窓の下まで腰板が張られ、教室も廊下の木の床も磨きこまれている。> ここで「松楓高等女学校」というのは明らかに松蔭高等女学校。 1892年、異人館の町、神戸市北野町に「松蔭女学校」が設立されました。ホームページには次のように書かれています。 <北野町の校地には大きな三本の松の木がありました。松蔭の三蓋松の校章はそれに由来しています。今でも三本松という地名が新神戸駅より西200メートルのところに残っており、そこに松蔭創立記念碑があります。宣教師たちは、松で象徴される日本の文化を尊重しつつ、キリスト教の精神を、教育という方法で、日本の若い女性に伝えようとしました。> 明治のころ三本そろっていた松も、大正の初めに一本切られ、その後昭和7年に台風で二本目が倒れ、最後の一本も昭和13年に切られてしまったそうです。 昭和7年の地図がありました。 青谷に移転した松陰女学校は黄線で囲んだところです。 原田の森にあった関西学院は昭和4年に上ヶ原に移転しましたので、昭和7年の地図には関西学院址と記載されています。阪急電車も上筒井が終点でした。 こちらは現在の地図です。 次に登場する大磯先生は、小磯良平がモデル。 <土曜午後の洋画研究会には、生徒だけでなく先生方や卒業生も参画する。講師は外部から新進気鋭の画家が交代で招かれる。フランスから帰ったばかりの大磯先生が講師の時は図画室に立ち見の見学者が出るほどだった。> 松蔭女学校の校歌の作曲者は山田耕作ですが、その校歌の絵を描いたのが小磯良平です。 <「皆さん、久し振りですね」大磯先生が軽快な足取りで入ってきて教壇に立った。髪を七三に分け、白いワイシャツに薄いベージュのズボンが爽やかだ。> 小磯良平の「斉唱」も松蔭の紺の制服を思わせます。 <目の前を赤とんぼが横切る。摩耶山から吹き下ろす夕風が心地よく制服の背中を押す。「秋ねえ。この夏の白い制服ともお別れね。わたしはこの制服が好きで松楓を選んだようなものなのに」一歩前を歩いていた順子が黒いベルトに黒い革靴。この制服は英国のミッションスクールの制服をモデルにしたそうだ。神戸では県立第一高女や第二高女はセーラー服だが、それ以外の公立女学校は羽織袴だ。松楓の制服はハイカラ好きの神戸でも際立って洒落ていると評判だった。> 小磯良平もお気に入りの制服だったように思います。
by seitar0
| 2023-05-28 20:44
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