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NHK―BS英雄たちの選択で、『夢の植物図鑑 牧野富太郎〜苦難突破のオタク魂〜』と題して、富太郎の苦境の選択が取り上げられていました。 「日本の植物学の父」と呼ばれる牧野富太郎。彼は、若き日、日本中の植物を採集して日本の植物図鑑を刊行することを夢見、生涯をかけて実現にこぎつけました。 ![]() 結婚後、故郷の造り酒屋の経営が悪化して金を自由に使えなくなった富太郎ですが、借金をして全国各地に植物採集の旅に出て、大量の植物を自宅に送ったのです。富太郎は金策には無頓着で、研究には金に糸目をつけなかったため、1916年、富太郎54才の時には借款はとうとう3万円に膨れあがります。 ここで「英雄たちの選択」では、標本を高価で買い取ってもらえる可能性のある外国に売るか、それとも借金を全て公表して寄付などを募るかの二択に迫ります。 ![]() ![]() 新聞社の仲介で池長と話し合いが持たれ、池長は標本10万点を3万円で購入して池長植物研究所を設立、その上に富太郎に毎月の研究費が支払われることになったのです。 この事件について、池長孟の評伝、高見澤たか子著『金箔の港 コレクター池永孟の生涯』の冒頭から詳しく書かれていました。 池永孟は教育者でもあり、稀有の美術品収集家。育英商業学校の校長を務める傍ら南蛮美術の収集を行い、昭和15年、池長美術館を開館しました。 ![]() 『金箔の港 コレクター池永孟の生涯』の冒頭は、六甲山のアゴニー坂を京都帝大の学生だった池長孟が、ポーラーの上衣に蝶ネクタイをしめた牧野富太郎とステッキを片手にした大阪朝日新聞社社会部長の長谷川如是閑を案内して登っていく姿から始まります。そして支援に至るまでの経緯が述べられます。 <牧野富太郎と池長との出会いは、まさに美談の中で生まれた。大正五年十二月十六日「東京朝日」の紙面に、「不遇の植物学者、苦心の標本も売る羽目に」という見出しの記事がでた。家計不如意のため、三十余年間にわたって集めた植物標本の珍品十万点を売って、急場をしのごうとしているという噂を聞いた記者が、東京・小石川指ヶ谷町の牧野家を訪ねた。> ![]() 住吉川沿いにある旧久原邸の敷地は甲子園球場2.5個分という大富豪、現在はその跡地の一部が高級マンション「オーキッドコート」になっています。 しかし、結局牧野は池長の援助を受けることになります。 <池長家から申し出た援助の具体的な内容は、海外に売られようとしていた十万点の植物標本を三万円で買い取り、それを再び牧野富太郎に寄贈するというものであった。なおその上、牧野家に月づき若干の生活補助をするという好意的な条件も加えられた。しかし、池長家からの寄贈の形で標本をそっくり返してもらうということについて、牧野家はこれを固辞した。結局池長が遺産の一つとして父から受け継いだ会下山の由緒ある建物の正元館に標本を保管し、新たに植物研究所を設立することで話はまとまった。> ![]() ![]() 神戸市兵庫区の会下山小公園に植物研究所がありました。 ![]() 写真は池長植物研究所。 <牧野富太郎は、池長のこの好意について「私にとって終生忘れることの出来ない恩人」と自伝『植物学九十年』の中で語っている。> ![]() ところでこの美談にも紆余曲折があり、牧野富太郎の生来の気ままさ、如是閑の言葉では「経済的ノンキ性」は明らかで、池長が出した三万円の金から、こともあろうに兵庫の色街福原の長谷川桜で数百円使ってしまったのです。これを知った池長は激怒して金の返済を要求したそうですが、仲介者の長谷川如是閑が池長をなだめ、話が表沙汰にならないよう、丁重に詫びを入れ、なんとか収まったそうです
by seitar0
| 2023-05-21 10:36
| 神戸
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