谷崎は芦屋の家に松子の長女恵美子に加え、妹の重子・信子も引き取り、手狭になったため、昭和十一年、住吉川西岸反高林の家に移ります。 彼はそこで繰り広げられる、松子を中心とした女達の華やいだ雰囲気を好み、昭和十一年春から十六年春まで、「倚松庵」と名付けた家での松子たちの日常をもとに描いた作品が『細雪』でした。松子は発表当時、あまりにちも日常がそのまま出ており、日記のようで、この作品が好きになれなかったと述べています。
上の写真は昭和十五年彼女達と平安神宮へ花見に行った谷崎が撮ったものです。
倚松庵は土、日は無料で見学できます。

住吉川を上っていくと、大きな村界の碑がありました。住吉川下流の西岸は、古くから住吉、魚崎両村の間で境界争いが行われており、明治十四年に和解が成立した時、建てられたものです。碑には「是ヨリ南 魚崎村」裏側には「是ヨリ北 住吉村」と刻まれています。これを更に北へ上がっていくと倚松庵です。

現在の位置は平成2年に神戸市の都市計画により、元の位置より北へ150m移されたものです。
倚松庵の前には松子の筆による石碑が建てられていました。
それでは中に入って、ここでどんな物語が繰り広げられていたのか見てみましょう。
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