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明治29年に日本紡織が建設した西宮工場は明治38年に内外綿に売却されますが、玉岡かおるの小説『お家さん』には鈴木商店の金子直吉も買収の意図があったように描かれていました。 内外綿の西宮工場と言えば、『女工哀史』で名高いプロレタリア文学者・細井和喜蔵の『奴隷』の舞台となった工場です。 <株主を同じゅうする浪華紡績西ノ宮工場は有馬山脈口を背景に兜山を背負って香櫨園の松原続きに在って、二百五十尺の円型五煉瓦煙突と百二十尺のタンクと塵突が辺りに一本の煙突も無い透徹した青空に向かって魔のように聳え、白砂青松の自然美を征服した王者の如く泰然と構えている。そして八万錘の紡績と一千台の織機が昼夜囂然と轟き、タンクの脇の塵突から間断なく綿粕の塵埃を強烈な風車で送り揚げて四方へ吹き飛ばすので、浜の老松はすっかり葉を鎖されて了い汚れた灰色の雪が積もったように見える。そうしてそのために枯死した木さえ数みられた。> (昭和7年の市街地図と現在の航空写真) 『奴隷』では、浪速紡績西ノ宮工場となっていますが、西宮砲台の北側にあった内外綿の紡績工場をモデルにしたものです。 玉岡かおる『お家さん』では、明治38年にこれからの時代は“糸へん”やと狙いを定めた鈴木商店の金子直吉の話が登場します。 ![]() <その手始めに、金子はんが狙っておったんは、「西宮紡績」の買収やったそうだす。自分が商う繊維製品は自分の手で作る。それは、樟脳で学んだ教訓でした。鈴木が糸へんに手を出すからには、すでに大阪の丼池や船場の老舗がやっとるような、産地から集めてきて各地へ流すという、昔ながらの卸しではのうて、みずから大量に作って常時なんぼでも売りさばく、そんなことを考えたんは自然な成り行きでした。ところが不運にも西宮紡績は、大里の製糖工場に熱中しているどさくさに「内外綿紡績」にさらわれるように買収されてしまうのだす。> この部分、日本紡績の西宮工場を「西宮紡績」としたようです。 <これは金子はんにとって珍しゅう後悔をひきずる敗北になってしまいます。よほど悔しかったんか、用意しとった融資の金を、はずみみたいに別な工場の買収に回してしまうんだす。お家芸の白でもない、またこれから伸びる糸へんでもない、黒くて固くて無骨なだけの、「鉄」を造る工場。神戸名物「熊内だいこん」を産する、見渡す限りのだいこん畑の中にぽつんと建つ、小林製鋼所、のちの神戸製鋼所だす。明治三十六年のことでした。> 小説では明治36年と書かれていますが、日本紡織西宮工場が内外綿に買収されたのは、明治38年のことですし、「鈴木商店記念館」のサイトでも、 <神戸製鋼所の前身・小林製鋼所が、東京の書籍商・小林清一郎により神戸・脇浜に建設されたのは明治38(1905)年のことであった。鈴木商店は、小林製鋼所に輸入機械代金および建設資金を融資していたが、初出鋼に失敗し、資金的にも行き詰まり、操業1ヶ月あまりで身売り話が出て鈴木商店に救済を求めてきた。小林製鋼所を引き受けることになった鈴木商店は、明治38(1905)年神戸製鋼所と改称し、鈴木商店直営工場として運営することとなる。>と書かれており、明治38年が歴史的事実でしょう。 あの西宮浜にあったという紡績工場の買収失敗が神戸製鋼の誕生につながっていたとは、思いもよりませんでした。
by seitar0
| 2023-04-02 14:11
| 玉岡かおる
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