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遠藤周作の母は、大連から帰国した後、1935~1948年にかけて小林聖心女子学院で音楽の教師を務められていました。 教え子には須賀敦子さん、稲畑汀子さん、ロミ山田さんら著名な方々もおられますが、昨年、小林聖心女子学院で、「遠藤郁先生(遠藤周作氏のお母様)のレコード試聴会」が開催されたそうです。 https://www.oby-sacred-heart.ed.jp/topics/2022/09/1245 その案内には、「先日、倉庫から80年ほど前に遠藤郁先生(作家・遠藤周作氏のお母様)からマザー・ハミルトンにあてたSPレコードが見つかりました。一般社団法人日本蓄音機倶楽部の方に蓄音機をお借りして、レコードを再生することとなりましたのでお知らせします。何が録音されているかはその時までわかりませんが、遠藤郁先生やマザー・ハミルトンにゆかりのある方がいらっしゃいましたらご参加ください」 と書かれていました。 残念ながらこの案内を見つけたのが、最近のことで、参加できませんでしたが、どのような演奏が録音されていたのでしょう。機会があれば是非聴いてみたいものです。 レコードレーベルには Mother Hamilton from Iku Endo と書き込まれています。 ところで、遠藤周作が『音楽藝術』昭和35年6月号に「無名のヴァイオリニスト」と題して、母親の思い出について寄稿していました。 大連の小学校に通っていたころのお話でしょう。 <ぼくの死んだ母は上野の音楽学校、ヴァイオリン科を卒業した。音楽学校時代、幸田露伴先生の御妹になられる安藤幸先生に教えていただき後にモギレフスキー氏に師事していた。> 上野の音楽学校とは、東京音楽学校(現東京芸術大学)のことです。 写真は上野公園内に移築され保存されている旧東京音楽学校 奏楽堂 <ぼくが子供のころを思い出すとき、いつも頭に浮かぶのは、ほとんど一日中ヴァイオリンを勉強していた彼女の姿である。たえず繰りかえされる同じ曲の一節。少しでも奏きかたがわるいとそれを一時間でも二時間でも繰り返している。ぼくは母と入浴するたび、その腕を見せてもらうのが楽しみだった。左の腕と右の腕とはその発達の仕方が違うのである。「これはヴァイオリンを奏いたためよ」弦をもった右の腕がどうしても太くなるのだと母は微笑した。> 写真は大連時代、馬車の上で母に抱かれている遠藤周作です。 遠藤周作は小学校にはいってから、母にヴァイオリンを教えてくれないかと頼みます。 そして小学校から帰るとボウイングが始まります。 <自分で頼んだ癖にぼくはたちまちにして悲鳴をあげた。単調な弓の上げ下ろしを五十回も六十回もやらされる辛さ。しかも手くびが次第に疲れて、そのひねり方が崩れると、母は厳しく𠮟るのである。窓には近所の友達が口笛を吹きながら、そんなくだらぬことはよして、野球をやろうと誘ってくるのである。> 小林聖心での音楽の教え方の厳しさは有名でしたから、周作には容赦せず厳しく教えたことでしょう。 <幸か、不幸かこの練習は三か月にして終わった。母はぼくにヴァイオリンを学ぶ資格がないことを知ったのであろう。だがぼくとしてみれば、遊び半分に楽器などをいじるものではないことを痛く知らされたのだった。いやそれよりも、この小さな失敗によってぼくは音楽であれ、文学であれ、すべて芸術というものは忍耐と努力なくしては生まれないことを子供心にもわかったのである。> ユーモア作家の一面も持つ遠藤周作ですが、ここでは殊勝な感想を述べていました。いくら厳しくとも母への尊敬の念は失わなかったようです
by seitar0
| 2023-02-07 13:50
| 遠藤周作
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