『洋子さんの本棚』でも絶賛！宮本輝の『錦繍』

小川洋子・平松洋子著『洋子さんの本棚』からです。

帯には＜女の人生50年、少女時代の思い出から踏みしめてきた女の踊り場、抱腹絶倒の人生の極意まで。本と人生をを読みほどき、語り尽くした、滋味あふれる対話集。＞

その第四章「人生のあめ玉」で取りあげられていた一冊が、宮本輝『錦繍』です。

冒頭の文章について、小川洋子さんは次のように述べられてます。
＜ほとんど話し合いもしないまま別れてしまった夫婦。置いてきぼりにしてしまった現実を、本当はどうするべきだったか、月日を経て考え直している。「前略　蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、まさかあなたと再会するなんて、本当に想像すら出来ないことでした」。名作の冒頭の一文を集めたアンソロジーをつくるなら、『雪国』とともに必ず入る名文ですよね。書簡体小説の魅力にあらためて気づかせてくれる小説です。＞

物語は蔵王の真っ盛りの紅葉の話から始まりますが、主人公亜紀の家は阪神香櫨園駅から浜のほうへ十分ほど歩いた、香枦園テニスクラブの近くのミモザアカシアのある大きな屋敷です。

小川さんはこんな風に紹介します。
＜亜紀は阪神間に暮らす、恵まれた家のお嬢さんです。昭和のこの時代、実業家のお金持ちのお嬢さんって、きっとこうなんだろうと思います。お金の苦労はなくて、閉じられた世界ですべて回っている。ちょっと独特の文化圏です。ところが再婚して生まれた子どもには障害があった。この子が生まれた時に、彼女は自分がこんな試練に遭ったのは前の夫のせいだと思ってしまう。＞

小川洋子さんは冒頭の文章を絶賛されていますが、私にとって有馬靖明から勝沼亜紀への最後の手紙が、一番印象に残っている文章です。

＜そして、もしかしたら何年か後、私は阪神電車の香櫨園駅で降りて、あの懐かしい住宅街を抜け、テニスクラブの手前にあるあなたの住んでいる家の前に行ってみるかもしれません。そうやって、そっとあなたのいる家を見、あの大きなミモザアカシアの古木を眺めて、またそっと帰ってくるかもしれません。どうかいつまでもお元気でお過ごし下さい。御子息が、きっときっと、あなたの願いどおりに成長されますよう、陰ながら心よりお祈りいたしております。＞

『洋子さんの本棚』で、平松洋子さんと小川洋子さんの『錦繍』についての対話の最後の部分です。

平松
　「いろんなことをほどけないまま抱えてきたふたり。その一番ほどけなかったところがようやく氷解する瞬間が描かれている。それそれのこれまでの人生が「いや、でもこれでよかったんだ」と一気に全肯定される瞬間ですね。」
小川
　「うまいですよね。本当に唸るほど、うまい。」
平松
　「いやぁ『錦繍』、すごいです。」

宮本輝さんの作品の中でも、お勧めの一冊です。