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小林信彦『四重奏』に収められた短編「夙川事件―谷崎潤一郎余聞―」は昭和5年2月のJR大師踏切での渡辺温の自動車事故死を題材に書かれた小説ですが、あとがきには、「昭和の初めに日本の探偵小説作家がいかに谷崎潤一郎を敬愛していたかを描きたかった」と述べられています。江戸川乱歩も横溝正史も、探偵小説の先達として谷崎潤一郎を尊敬していたのです。 博文館が発行していた雑誌『新青年』の二代目編集長横溝正史と、その助手を務めた渡辺温の評価が次のように述べられています。 <老人は突き出した唇の前で右掌を振って、「まあ、世間では『新青年』のカラーを作ったのは、二代目の横溝正史(よこせい)ってことに」なっているが、私たちは助手だった温ちゃん -本名・渡辺温の力が大きかったと見ている。ショートショートの元祖、渡辺啓助さんの弟だ。変わった男だったが、大変な才人だったと思うよ。博文館としても、温ちゃんはホープだったんだ。あんたがやろうとしているのは、温ちゃんの線だと私は見ているよ」「いや……」 老人の目から見ると。そういうことになるか、と思った。「温ちゃんを知らないかね」「お名前を耳にしたことはあります。事故で亡くなった方でしょう」「そう。谷崎潤一郎の原稿をとりにいく途中でね」「電車にぶつかったとか……」「原稿はとれていなかったんだ。しつこく依頼に通ってね。たしか夙川といったと思うが、そこの踏切で阪神電車にぶつかった」「そういえば……」私は思い出した。> 事件が起こったのは昭和5年2月のことで、谷崎は渡辺温を通じて、その2,3年前から「新青年」に寄稿する約束していましたが、約束を一向に守らないので、前年の11月にも催促に来ていました。 谷崎は当時、兵庫県武庫郡本山村梅ノ谷1055に住んでおり、渡辺温は谷崎に「何か百枚ぐらいの創作を」と注文していましたが、谷崎は2月7日、渡辺温に、あと一月待ってくれと電報を打ちます。 2月8日、渡辺は、友人の楢原茂二に、夜行でもう一度催促に行くと伝え、楢原は谷崎を訪ねますが終日不在。 2月9日、渡辺は大阪につき、夙川の楢原の下宿に行き、寝坊の谷崎の起きるころを見計らって、12時過ぎに二人で谷崎を訪ねます。谷崎はとにかく明日の夕方までに何か書くと約束。渡辺は「それでは今夜は夙川に泊まりますから、用があったら電話をかけてください」と言って帰ります。 2月10日、午前1時まで谷崎は一行も書けずにいましたが、寝床に入って6時半に呼び起され、「自動車が衝突した」、「渡辺さんが死んだ」という声を聞くのです。 この事件については谷崎潤一郎の『春寒』に詳しく述べられています。
by seitar0
| 2022-12-06 16:03
| 夙川
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