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NHKドラマ『ストレンジャー~上海の芥川龍之介~』の最後の場面は、「湖南の扇」で芥川龍之介が訪ねた水郷の映像でした。ロケ地は東洋のベネチアと呼ばれる蘇州の水郷ではないでしょうか。 美しい映像でしたが、租界時代の上海を舞台とした作品としては、個人的には当時の外灘(バンド)の映像が欲しかったところです。 ドラマの原案となっている芥川龍之介の『上海游記』の最終章「最後の一瞥」では、帰国の船から見える1921年の上海の外灘(バンド)の風景が描かれていました。 <私は静かな甲板を、船尾の方へ歩いて行った。此処から川下を眺めると、バンドに沿うた往来に、点々と灯が燦めいている。蘇州河の口に渡された、昼は車馬の絶えた事のないガアドン・ブリッジは見えないかしら。その橋の袂の公園は、若葉の色こそ見えないが、あすこに群った木立ちらしい。この間あすこに行った時には、白々と噴水が上った芝生に、S・M・Cの赤半被を着た、背むしのような支那人が一人、巻煙草の殻を拾っていた。あの公園の花壇には、今でも鬱金香チュリップや黄水仙が、電燈の光に咲いているであろうか?> 芥川龍之介が乗船した当時の上海港は黄浦江沿岸にありました。 ガーデンブリッジ(外白渡橋)は1907年にイギリスから輸入した鉄骨で架け替えられた中国初の全鋼橋。 今も百年前の姿をとどめる独特なデザインで上海のランドマークの一つになっています。 「橋の袂の公園」とは黄浦江と蘇州河の合流する地点の南側にある、ヨーロッパ式の黄浦公園です。 当初は外国人専用の公園で、公園の周囲にはフェンスが張り巡らされ、「中国人と犬は入るべからず」の掲示がされていました。その後、外灘公園とも呼ばれた時代を経て、1935年に黄浦公園と名づけられています。 <向うへあすこを通り抜けると、庭の広い英吉利領事館や、正金銀行が見える筈である。その横を川伝いにまっ直行けば、左へ曲る横町に、ライシアム・シアタアも見えるであろう。あの入り口の石段の上には、コミック・オペラの画看板はあっても、もう人出入は途絶えたかも知れない。其処へ一台の自動車が、まっ直ぐに河岸を走って来る。薔薇の花、絹、頸飾りの琥珀、――それらがちらりと見えたと思うと、すぐに眼の前から消えてしまう。あれはきっとカルトン・カッフェへ、舞蹈に行っていたのに違いない。その跡は森とした往来に、誰か小唄をうたいながら、靴音をさせて行くものがある。Chin chin Chinaman ――私は暗い黄浦江の水に、煙草の吸いさしを拠りこむと、ゆっくりサロンへ引き返した。> 横浜正金銀行上海支店ビルは現在も中国工商銀行上海支店として使われています。しかし、調べてみるとこのビルは1924年に英国のパーマー&ターナー社に建築を依頼して建て替えられたものであり、芥川が見たビルはその前の建物です。 ライシャム・シアター(蘭心大戯院)はフランス租界の一郭にあり、数々の中国の話劇やロシアン・バレエが上演されていたそうです。 上は芥川が見たであろう租界時代の上海の外灘風景。 神戸の海岸通りに似た風景で、海岸通りの陸橋から眺める度に、上海の外灘を思い出します。
by seitar0
| 2022-11-25 23:02
| 海外
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