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賀川豊彦『幻の兵車』から続けます。 梅田で仲田とみ子と久しぶりの再会をした株式仲買人の木村健蔵は、阪急電車で一緒に夙川に向かいます。 <夙川で降りた二人は、一時間位後に会うという約束で右と左に別れた。それから健蔵は、西宮戎神社の近くまで株の注文をききに行ったが、主人が留守だったので要領を得ず、すぐ夙川の池の端に、和洋折衷の別荘風に建った、とみ子の家を訪問した。ずいぶん凝った家で、門をはいるとすぐサイプラスの植込みがあり、玄関の上には燈篭が置かれてあった。> とみ子の家は昭和初期の夙川の片鉾池の畔に建つ和洋折衷の大きな屋敷です。 この辺り一帯は明治時代に香野蔵治と櫨山慶次郎とがタッグを組んで開発し、そこにさまざまなレジャー施設を設け、大遊園地、香櫨園を明治40年に開園させたのです。その名は香野・櫨山から一字ずつとって命名したもので、阪神香櫨園駅も開園時に開設されたものです。 写真は香櫨園遊園地の片鉾池(当時は内殿池)にあったウォーターシュート。50m滑り落ちる迫力満点のアトラクションで、池にはボートや水上自転車も浮かんでいました。 約8万坪という広大な敷地にウォーターシュート、メリーゴーランド、博物館、動物園、音楽堂などがある、大規模の遊園地でしたが、この地にあったのは6年ほどで、その後、一部の施設は香櫨園浜に移転しました。 香櫨園遊園地の跡地は、その後サミュエル商会に引き継がれましたが、さらに大正6年に大阪の商家が中心となって設立した大神中央土地に売却され高級住宅地としての開発が始まります。 大正9年には神戸線開通時に夙川駅も開業、街の中心となります。大正12年に香櫨園区として独立させ、さらにその9年後に夙川区と改称しました。 写真は昭和20年代の片鉾池の四阿からの写真。ここには「アララギ派」の歌人、中村憲吉も居を構えていました。奥に見えるのがカトリック夙川教会です。 賀川豊彦『幻の兵車』に戻りましょう。 健蔵は洋室になっている二階の居間に通されます。 <そこは、池を越えて遠く迄見晴らしのきく涼しい所であった。印度沙羅を張った籐椅子が、籐で作ったテーブルの周囲に四つ並べてあった。隅には、ピンク色のカヴァで覆われた木製のベッドが置かれていた。 「ほんとに涼しいでしょう?北浜のような塵埃(ほこり)のなかに埋もれているのと違って、此処まで来ると、空気が香ばしいように感じられるのね」小奇麗な女中が、サイダーの瓶二本と、金色に縁取った美しいコップを、大きな銀のプレートに載せて二階に運んできた。> この大大阪時代、煙モクモクの大阪から空気の綺麗な阪神間に多くの人が転居しました。 大正8年には、谷崎(当時は森田)松子さんも片鉾池の近くに移り住んでいました。 『蘆辺の夢』からです。 <父は母のために阪神間に別荘を持ちたいと知人に頼んでいたらしい。が、母の死後、香櫨園に庭もゆったりした、建物もわるくない家が見つかった。子供たちが母の体質を受けていたらとそればかり懸念して、できうるかぎり香櫨園の家に暮らさせようとし、末の妹は、間もなく西宮の小学校へ転向させられた。> この一帯、大阪の富豪たちが移り住んだ閑静な住宅地となっていたようです。
by seitar0
| 2022-10-01 15:52
| 夙川
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