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リスト教社会運動家の賀川豊彦は、昭和22年、昭和23年には日本で初めてのノーベル文学賞の候補となり、昭和29年、昭和30年、昭和31年および昭和35年の4回にわたりノーベル平和賞候補者として推薦され、戦前は現代の三大聖人として「カガワ、ガンジー、シュヴァイツァー」と並び称された偉人です。 そして昭和初年には阪急西宮北口駅から歩いて10分ほどの武庫郡瓦木村高木東ノ口に転居し、昭和7年には自宅近くに二階建ての農民福音学校(通称「一麦寮」)を建設しました。 西宮に住んだことのある賀川豊彦ですから、きっと西宮が登場する小説も書いているだろと探したところ、昭和9年改造社から発刊された『幻の兵車』という小説を見つけました。『幻の兵車』という題は旧約聖書におさめられた古代ユダヤの歴史書の1つ『列王記』から取られたものです。 岐阜県の貧農に長男として生れた主人公の木村健蔵は、大阪北浜の株式仲買人となり様々な問題に出会い、成長していくなかで、昭和恐慌が起こり、大商店や大会社が軒なみに瓦解して行きます。不況の中でも仲買店を必死で守って行く健蔵ですが、ここで相場師生活かいやになり、健全な社会に入って行こうと念願するようになり、相場師の山惣から、一もうけする話をもちかけられますが、これを断わり、どこまでも農村復興のため働こうと決意し、暮らして行くという物語です。 昭和の初めの格差社会、貧民窟とブルジョア生活が対照的に描かれています。 不況の中でも相場師として利益を上げていた健藏は梅田の停車場で、大連時代に知り合った富豪夫人の仲田とみ子に出会います。彼女は夫に死別して内地に戻り、夙川に住んでいたのです。再会の挨拶を交わし、仲田とみ子からコーヒーで一緒に飲もうと、二人は阪急食堂に入ります。 <「今日あなた何処へいらっしゃるの?お急ぎでなければ、コーヒーでも一緒に飲もうじゃありませんか?」そう言われてみると、健藏も先を急ぐ訳にもいかず、途中までのぼりかけた階段を、仲田夫人と一緒に下りて、阪急食堂に入った。> 梅田駅の拡張とともに大正9年に、レンガ造り地上5階・地下1階建ての「阪急ビルディング」が竣工。 1階には老舗百貨店の「白木屋」が賃貸として入り、2階には阪急直営の「阪急食堂」が開店しました。 上は昭和4年第1期梅田阪急ビル竣工時の写真。 健藏は阪急食堂で仲田とみ子からいい金儲けはないか相談相手になってほしいと誘われます。 <仲田とみ子の性質をよく知っている健藏は、、心の底では笑っていたが、いうてくれるだけでも有難いと考えた。長く話をしていたかったが、約束の時間も来たので、理由を述べて席を立とうとした。するととみ子は名残惜しそうに、ハンド・バッグを持って立ち上がりながら、「あなた西宮にいらっしゃるの、帰りによって下さらない?私は今香櫨園の池の端に家を持っているんですの。寄って下さるなら、私あなたについて帰ってもいいのよ」そういいながら、仲田とみ子はまた踵を返して、のこのこ健藏の後ろからついて来た。> 香櫨園というと、夙川下流の阪神香櫨園駅付近かと思われる方がいるかもしれませんが、ここでとみ子が「香櫨園の池の端」と言ったのは、阪急夙川駅近くの片鉾池のことなのです。 夙川自治会発行の『夙川地区100年のあゆみ』によりますと、「昭和7年に阪急電車の駅名と区名を一致させるために、香櫨園区は夙川区と改称され、長く親しまれていた香櫨園は名実ともに発祥地から姿を消した」とされています。 しかし、大社村合併後の昭和8年の西宮市全図を見ると、そこにはまだ香櫨園と書き込まれていて、香櫨園の名称がしばらく使われていたと思われます。 さて、夙川の池の端にあったというとみ子の家の話、続けます。
by seitar0
| 2022-09-27 14:40
| 夙川
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