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昭和の初め、甲山山頂からは素晴らしい緑の景色が広がっていたと思いきや、北尾鐐之助は『近畿景観』で次のように述べています。 <それに、ここに立ってみてみると、あの尼崎及び西宮付近から、阪急電車の線路を境にして、何という空気の色の変わり方だろう。右を見、左を見る。それはまるで、泥水の中を泳ぎ出して、やっと息をついたような明快さだ。> 当時の状況を考えてみると、大正14年に、大阪市は市域拡張を行い、大大阪時代となり、人口は、全国第1位の212万人(東京200万人)となっていました。そして紡績業が発展し、市内には煙突が林立し東洋のマンチェスターと呼ばれていた時代。 ![]() <しかし大阪の空気は、良いとはいえなかった。数多い工場の煙突から出る煤煙が、内淡路町の家へも、どんどん飛んできた。ガラス戸に少しでもすき間があると、縁側は煤煙でざらざらになる。綺麗好きの養母は、足袋の裏がすぐ真黒になるのをきらった。女中は縁側のふき掃除に忙しかった。> この環境下で、義父の健康悪化が苦楽園転居のきっかけとなったのです。 グーグルアースで、甲山山頂からの景色を見てみました。 ![]() 矢印の下が甲山山頂です。斜めに横切るのが武庫川。現在は大気汚染防止法のおかで、スモッグもなくなりましたが、景気の良かった昭和の初めは、大阪平野は現在の北京のようなスモッグに覆われていたようです。 北尾鐐之助の『近畿景観』に戻ります。 <見ていると、武庫川の流れが、宝塚の銚子口から、鳴尾の三角州まで、殆ど完全に見えることに気が付く。こんなにこの流域を一目に見渡すところは、六甲連嶺中この小さい甲山の上ばかりだ。そして、その堤上に生えた松並木が、黄色い稲田を縦に走って、青黒い一文字を平野に引いている。山が低く、近いから稲田が実に美しい。> グーグルアースでおわかりのように、稲田は消え、住宅がぎっしり立ち並んでいます。 しかし、甲山山頂からの景観は素晴らしく、現在視界を遮っている樹木を何とかしてもられえないでしょうか。 北尾鐐之助の『近畿景観』の「甲山山頂」は次のように結ばれます。 <真直ぐに歩いて、向こうの丘を超すところで、再び、まるまるとした甲山を振り返ってみた。六甲連山と云っても、どうもこの山だけは別のものである。六甲の老い朽ちた廃残の姿を見ると、いつかその山容の変わることを想像するが、この甲山の丸い形丈は、永劫に天地を貫いて、どっしりと、ひとり根を下ろしているような気がする。> 北尾鐐之助の甲山礼賛のエッセイでした。 ![]() しかし、最近の甲山を見ていると、ほっこりするあの形状が少しづつ変わっているのではないかと心配になることがあります
by seitar0
| 2022-06-15 17:03
| 北尾りょうのすけ
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