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須賀敦子『ユルスナールの靴』の第二章は「一九二九年」。1929年は須賀敦子さんと親友のようちゃん(高木重子さんがモデル)が生まれた年であり、ユルスナールの父親が他界した年でもありました。 この章でも、須賀さんの回顧とユルスナールの人生の歩みが並列して書かれていますが、今回は親友のようちゃんについて述べられている部分を紹介します。 小学一年生のころは、見るからにきゃしゃで泣き虫だったようちゃんです。須賀さんは小学校の三年になったとき父親の転勤で東京に移り、戦争がひどくなって再び関西の「丘のうえの学校」に戻ります。 ![]() <ようちゃんは、そんな私をずっと遠くから見ていたにちがいない。泣き虫の一年ぼうずだった彼女は、私のいないあいだにすっかり成長して、そっと触れるだけではたはたと葉を閉じてしまうネムの木のように、じぶんを護る用心深さを身につけていた。> ![]() 須賀敦子さんはネムの木がお好きだったようで、夙川のご実家の庭にも自ら植えられ、現在は大きく育っています。 <郊外電車の駅にむかって桜並木の坂道を降りながら、ようちゃんが私とことばをかわすようになったのは、私が関西に帰って数か月は経ってからのことだった。> ![]() 8歳の時から15歳になるまで会わなかったあいだに、みんなずいぶん変わっていてことばをかわすようになるまで、ずいぶん時間がかかったようです。 東京から戻られて、小林聖心女子学院に戻られたものの、既に授業はなく、学校工場で勤労奉仕する日々でした。 ![]() <一九四四年の秋、十五歳で女学生だった私たちにとって、軍用飛行機の部品を造る一日の作業を終えたあと、学校から駅までの紅葉しはじめた桜並木の坂道を降りながら本の話をするのは、こころからほっとする時間だった。> ![]() <こんな時代だから、と彼女はいつもいった。いっぱい本を読みたいの。“こんな時代だから”とは考えてもみなかったなあ、と私は思った。じぶんは、ただ、読むのが好きで読んでいるだけで、学校の授業にじゃまされないで、本が読めるのがうれしい、それだけのことにすぎなかったから、ようちゃんのいう“こんな時代”と“本を読む”があたまのなかで、よく繋がらなかった。一事が万事で、彼女のいうこと、知ってることは、いつも、私の考えていることの何歩か先を行ってる、そんな感じだった。> そして、カトリックの人は読んではいけないことになっているらしいけどと、ようちゃんが貸してくれた本は岩波文庫のアンドレ・ジッド『狭き門』でした。 ![]()
本が好きだったこと、そして須賀さんにとってようちゃんは一歩先をいくような人物だったからこそ急速に仲良しになったようです。
by seitar0
| 2022-06-13 22:51
| 須賀敦子
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