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多田智満子と須賀敦子に、生前、交遊関係があったのは明らかなようで、『文藝別冊[追悼特集]須賀敦子』の最後を飾っているのが、多田智満子「アスフォデロスの野」でした。 ![]() <須賀さんはアスフォデロスという花が気になっていたようだ。『ヴェネツィアの宿』のなかに、「アスフォデロの野をわたって」という一文がある。(彼女がイタリア風にアスフォデロと表記するが、私は自分の呼びなれたギリシャ風のアスフォデロスという表記を用いる。英語やフランス語ならばアスフォデルである。)> ![]() 須賀敦子『ヴェネツィアの宿』では、アスフォデロが次の場面で登場します。 ある年の夏、夫ペッピーノや友人たちと、南イタリアに残されているペストゥムのギリシア遺跡を訪れますが、須賀はいつの間にか夫とはぐれて、ぼんやりとあたりを見まわします。 ![]() アキレウスは、アスフォデロの野をどんどん横切って行ってしまった> オデュッセウスが死者の国を訪れ、勇者アキレウスと出会った場面が述べられます。そして次のように続きます。 <彼が横切っていく野を修飾する「アスフォデロ」という言葉の意味が知りたくて、私はいくつか辞書を引いた。植物であることはわかったが、いろいろな説があって、たしかなのはそれが忘却を象徴する草ということだけだった。スイセンに似た白い花を咲かせる、とあったり、イネ科の草本とぜんぜん違うことを書いたものもあった。> これを読んだ多田智満子は須賀敦子がアスフォデロを御存じなかったと驚き、 <長年イタリアに住みながら、彼女ほどの知識人がアスフォデロスを全く知らないとは―これは地中海沿岸の国々では決して珍しい植物ではなく、かの地に住んだことのない私でさえ、十数年前、三月にギリシアを旅したおり、この花が咲いているのを一度ならず目にしているのである。>と述べています。 更に多田は、礎石だけが残る小さなアルテミス神殿遺趾の近くの野原で見た、白い花の群落をなしていた冥界の花・アスフォデロスについて語ります。 ![]()
ギリシャ神話にも三途の川があったとは。 ![]() 写真はカルロス・ヴァーシュベ画『エリュシュオンンの野』。 エリュシュオンはギリシャ神話に登場する死後の楽園ですが、画の背景の花がアスフォデロスでしょう。 須賀敦子さんのエッセイ「アスフォデロの野をわたって」に戻ります。 ペッピーノを見失った時の不安が述べられます。 <ほんの短い時間、ペッピーの姿が見えなくなったことが、いったいどうしたということなのだろう。そんな顔しないでよ、どうせその辺にいるんだから、とロサリオがあわてたぐらい私はとりみだし、星がまたたきはじめた空の下を、いわれのない不安に追われるようにして、廃墟に散らばる大小の石に足をとられながら、失くしたものを探す子供のように、私は彼を探し歩いた。> そしてその翌年、ペッピーノは肋膜炎で亡くなります。 ![]() <がらんとしてしまったムジェッロ街の部屋で朝、目が覚めて、白さばかりが目立つ壁をぼんやりと眺めていると、暮れはてたペストゥムの野でどこかに行ってしまったペッピーノを、石につまずきながら探し歩いている自分が見えるような気のすることがあった。> 「アスフォデロの野をわたって」は、須賀さんのペッピーノを失うことへの懼れ、亡くなった後の悲しみを静かに語った秀作でした。 多田智満子の追悼文も次のように結ばれています。 <それにつけても他界へ去った須賀さんは、今ごろ「アスフォデロの野をわたって」いられるのだろうか。そだとすれば私の無用なおしゃべりを彼女はやんわりと制止されるにちがいない。―もうちゃんと見ましたよ、この眼で、アスフォデロを、と。> しかし多田智満子さんもすでに亡くなり、今はきっとお二人は冥界でアスフォデロの花を見ながら語り合っていることでしょう。
by seitar0
| 2022-05-24 16:44
| 須賀敦子
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