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![]() NHK大河ドラマ『いだてん』第2話では病弱だった子供時代の金栗四三を「四三も嘉納先生に抱っこしてもろたら、丈夫になるとだろか」という母の言葉で父が五高まで四三を連れて行き、嘉納治五郎が稽古をつける道場として「瑞邦館」が登場していました。 『東の国から』「柔術」の初めで、「瑞邦館」は次のように述べられています。 <官立高等学校(第五高等学校)の校庭に、ほかの校舎とひときわ建て方の違った建物が、ひと棟ある。この建物は、紙の代わりに、ガラスをはめた障子が入れてあることだけを除けば、あとは、純日本風な建物だといってさしつけない。間口も広く、奥行きも深い、一階建ての建物で、なかはだだっ広い、百畳敷きの部屋がひと間あるきりである。この建物には、名前がついている。日本の名前で、「瑞邦館」―「浄らかな国の大広間」という意味だ。その名前を漢字であらわしたものが、皇族の一親王の手によって、玄関のうえの小さな額に書かれてある。> ![]() この扁額は、嘉納校長の懇願により、明治25年の夏有栖川宮熾仁親王の瑞邦を拝領したもののようです。 五高の扁額の謂われについては「肥後の嵐」さんのサイトに詳しく書かれていました。 https://blogs.yahoo.co.jp/kaminokawa2002/9946631.html 『東の国から』の「柔術」では嘉納治五郎が教える柔道の極意を紹介したあと、日本の文化について、ハーンの考えを詳しく述べています。 <西洋人は、日本は西洋のものなら、服装はもとより、風ぞく習慣にいたるまで、なにもかも、西洋のものを採用するようになると、予言したものであった。ある人にいたっては、宗教だって、そのうちに勅令が発せられて、国民がキリスト教に改宗するような時が来るやもしれないと信じた。けれども、このような妄信は、その民族の深い能力や、見識や、昔から持っている独立自尊の精神なぞを、まるで知らなかったことに起因する。その間、日本が、ひたすら柔術の稽古ばかりしていたということを、西洋人は爪の垢ほども想像しなかった。じっさい、その当時、まだ西洋では、柔術の「じゅう」の字を聞いたものもなかった時代であった。ところが、万事がじつはこの柔術だったのである。> 更に、 <要するに、日本は、西洋の工業、応用科学、あるいは経済面、財政面、法制面の粋を選んで、これを自国に採用したといえば、それで足りる。しかも日本は、どんな場合にも、西洋における最高の成績のみを利用し、そうしていったん手に入れたものを、自国の必要にうまく適合するように、いろいろに形を変えたり、あんばいしたりしたのである。自分の国は、昔ながらのままにしておきながら、実に敵の力によって、あたうかぎりの限度まで、自国を裨益したのである。かつて聞いたこともないような、あの驚嘆すべき頭のいい自衛法で、あのおどろくべき国技、柔術によって、日本は今日まで自国を守りつづけてきたのだ。いや、現在も守りつづけつつあるのである。> あまりにも柔道に肩入れした見方かもしれませんが、ある意味、当時の日本の躍進の原因を的確に述べています。
by seitar0
| 2022-02-23 09:42
| 小泉八雲
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