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堀辰雄が竹中郁に連れられて訪ねた神戸元町のフランス料理店ヴェルネクラブに、コメディアン、エッセイストとして活躍した古川ロッパも通っていました。 ![]() ロッパは宝塚映画に出演し、宝塚の宿に二十日以上も滞在し、休みに神戸に出かけます。 <撮影の無い日は、神戸へ、何回か行った。三ノ宮から、元町をブラつくのが、大好きな僕は、新たに開けたセンター街を抜けることによって、又、たのしみが増えた。センター街は然し、元町に比べれば、ジャカジャカし過ぎる。いささか、さびれた元町であるが、僕は元町へ出ると、何だか、ホッとする。戦争前の、よき元町の、よきプロムナードを思い出す。戦争前の神戸。よかったなあ。> ![]() この後、ロッパは阪急三宮駅から弘養館、三ノ宮のバー、シルヴァ―ダラーからヴェルネクラブに続きます。 <三ノ宮から元町の方へ歩いて行くと、僕の眼は、十五銀行の方を見ないわけには行かない。もうそこには、今は無いのだが、ヴェルネクラブが、あったからである。十五銀行の地下に、仏人ヴェルネさんの経営する、ヴェルネクラブがあった。僕が、そこを覚えたのは、もう二十年近くも以前のことだろう。それから戦争で閉鎖になり、又終戦後一度復活したのだが、又閉店して、今は同じ名前だが、キャバレーになってしまった。> 堀辰雄と竹中郁が昭和7年に訪れたヴェルネクラブは、三越の南側の地上にありましたが、ロッパが通ったヴェルネクラブは十五銀行の地下にあったと書かれています、 十五銀行の位置を昭和2年の商工地図で調べました。 ![]() その地下にヴェルネクラブは昭和15年頃三越の増床に伴い移転していたのです。 戦前のヴェルネクラブのランチは安くてうまかったそうです。しかし戦争になって材料が欠乏し、閉鎖となってしまいます。 <昭和二十五年の夏だった。再開したと聞いて、僕はヴェルネに駆けつけた。「オッパさん!」とヴェルネさんが、歓迎してくれて、昔の僕の写真の貼ってあるアルバムを出して来たりした。> ここでも、フランス人の、デップリ太った愛想の良いヴェルネさんが登場します。 <ビフテキも上等だったが、それにも増して嬉しかったのは、フランスパンの登場だった。終戦後は、アメリカ風の、真っ白いパンばっかり食わされていたのが、久しぶりでフランスパンが出たので、嬉しかった。その時の神戸滞在中、七八度続けて通った。そして、グリル・チキン、スパゲティ、ピカタ、アントレコット等、行く度に色々食ったものであった。それが、それから数年経って行ってみたら、、キャバレーになっていた。でも、僕は、その辺を通る度に、ちらっと、在りし日のヴェルネクラブの方を見るのである。> ロッパはヴェルネクラブの常連だったようで、閉店したことに対する残念さが伝わってきました。 戦前から続く神戸の伝統の洋食はヴェルネさんたちによって培われたのでしょう。
by seitar0
| 2022-02-22 14:39
| 堀辰雄
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