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1989年10月25日~10月29日、ニューヨークのラジオシティ・ミュージックホールでの演目は、 第1部:『宝塚をどり讃歌』(作・演出:植田紳爾) 第2部:『タカラヅカ・フォーエバー』(作・演出:小原弘稔) (PARTⅡ TAKARAZUKA FOREVER A GRAND REVUE)でした。 ![]() <「あった」と彼女がニューヨーク・タイムズの週末版という一綴りを彼に差し出した。「ジーグフェルド・フォリーズへの、日本の答え」という題で、評者の名前が入っている。そこまでは読めたが、本論に入ると、知っている単語が一行に一つか二つしかなくなった。時には一語も分からない行もある。「さすがニューヨーク・タイムズ。大きな言葉を使っている」のぞきこんだ姪が言った。> ![]() ここで、「ジーグフェルド・フォリーズ(Ziegfeld Follies)」とは、1907年から1931年、1934年から1936年にかけてニューヨークのブロードウェイで上演されていたレヴューのことです。 ![]() <評者の理屈の行きつくところは、宝塚の「男役」についても、「西洋的振付によるボディ・ランゲージの基準に於いては、男性的と思われる身体的行動をしていない」だった。そして、要するに宝塚のレビューは、かつて一世を風靡したジーグフェルド・フォリーズや、パリのフォリー・ベルジェ―ルや、現在のブロードウェイのきんきらしたパッケージである、これが宝塚よ、君らの「答え」だ、と結んでいるようであった。> ![]()
ショーの中で最もカリスマ的で、スターに近いと評していたのです。 この1989年のニューヨーク・タイムズ、アーカイブで見つけることができました。 ![]() https://www.nytimes.com/1989/10/27/theater/review-theater-japan-s-answer-to-the-ziegfeld-follies.html 阪田寛夫が言及している一部を、コンピューターによる翻訳のまま引用します。 <男性に扮したものの、アンサンブルの演奏者は、少なくとも西洋の振り付けのボディーランゲージの基準では、男性的なふりをしていません。そして、鋭い性的差別化の欠如は、生産数に子供のページェントのエーテル性を与えます。 唯一の注目すべき例外は、ショーで最もカリスマ的なパフォーマーであり、スターに最も近い大浦みずきです。ステージをスリンキングし、「A Pretty Girl Is LikeaMelody」や「TooCloseforComfort」(後者は「AnArabian Dream」と呼ばれるシーケンス中、木のラクダのステージ)、彼女はミスディートリッヒまたはグレイスジョーンズのより柔らかいエコーを提案します。> 全文は検索してご覧ください。 その後、阪田寛夫は三回目の公演、そして千秋楽にも見にでかけます。 もちろん千秋楽のチケットも完売です。 <その日、千秋楽の幕が一度降りるとアメリカ人たちが三十人、百人、五百人、と立って拍手を始めた、その響きが大きな小屋にうねって、彼のような臆病な男も平気で立って拍手に和すことができあた。> 1989年、6日間にわたの宝塚歌劇ニューヨーク公演は大盛況で幕を閉じたようです。
by seitar0
| 2022-02-13 13:26
| 阪田寛夫
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