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今は亡き宝塚歌劇のトップスターなつめさん(大浦みずき)の父親は童謡「サッちゃん」で有名な詩人・小説家の阪田寛夫です。娘を心配する親心を様々なエッセイに書いていますが、1989年の宝塚ニューヨーク公演について、『ブロードウェイの景観』と題して『海燕』1990年1月号に寄稿しています。 さすが芥川賞作家で、導入部は、娘のニューヨーク行きに対する畏れが、うまく描かれてれています。旅立ちの前に偶然テレビで見た場面の説明から始まります。 <一つは、万延元(1860)年のブロードウェイを、徳川幕府の遣米特使が行進する、恐らく当時描かれた克明な絵だ。舗道を埋めた見物人の顔、顔、顔の間を、侍たちが無蓋四輪馬車で練って行く。> 在ニューヨーク日本国総領事館のホームページに有蓋四輪馬車ですが、6月16日にブロードウェイをパレードする遣米使節団の絵がありました。 ![]() https://www.ny.us.emb-japan.go.jp/150JapanNY/jp/about.html その説明にホイットマンの詩が登場します。 <「自由人よ!」絵に連動して、ホイットマンの詩も出てきたように思った。南北戦争が起こる前年だが、白鳥省吾訳によれば、「両側の聳ゆる摩天の大理石と鉄の美のその間の通路を」、行列のうしろを守り、前へと躍り出す「百万のマンハッタン人」と一緒になって進みながら、詩人は車上の「謙譲にして色浅黒く両刀をさした」侍たちを、西方の黄金かがやく岸の国の自由人と讃えていた。> ここで述べられている「自由人」とはどういう概念かわからなかったのですが、調べるとホイットマンの詩がありました。 当時のアメリカを代表する詩人ウォルト・ホイットマンは、万延元年(1860)、日米修好通商条約の批准書交換のため渡米した遣米使節団のブロードウェイの行進の様子を、彼の代表作の詩集『草の葉』の、「ブロードウェーの華麗な行列」という一編に残しています。 ![]() “A Broadway Pageant,” Over the Western sea hither from Niphon come, Courteous, the swart-cheek’d two-sworded envoys, Leaning back in their open barouches, bare-headed, impassive, Ride to-day through Manhattan. -from the Leaves of Grass by Walt Whitman 西の海を越えて遙か日本から渡米した、 頬が日焼けし、刀を二本たばさんだ礼儀正しい使節たち、 無蓋の馬車に身をゆだね、無帽のまま、動ずることなく、 きょうマンハッタン街路をゆく… 日本語訳:志村史夫『いま「武士道」を読む』(丸善ライブラリー) 東洋の黄色人種としてさげすむのでは無く、礼節をもって歓迎されたことがよくわかります。 つづいて宝塚歌劇の公演が開催されることになったラジオシティ・ミュージックホールのテレビに映った映像の話です。 ![]()
![]() <震え上がったのは、ホールの巨大な空間に対してだ。実は十月末にそこで日本の宝塚歌劇団ショーチームが五日間六回の公演をする運びになり、生徒と呼びならわされている女性ばかりの出演者の「父兄」として、あらためて公演の首尾が心配になったからだ。> 娘の大浦みずきがラジオシティ・ミュージックホールに立つ姿を想像し、心配でならない阪田寛夫は遂に夫婦でニューヨークに飛び立つことを決断します。 日本固有の芸能である宝塚歌劇は、万延元年の遣米使節団のように、ニューヨークで大歓迎されたのでしょうか。 ![]() 話は続きます。
by seitar0
| 2022-02-06 10:43
| 阪田寛夫
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