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小磯良平の少年時代からの親友、竹中郁はエッセイ集『消えゆく幻燈』の中で、小磯良平との交友、作品評を書いています。 小磯良平も中国大陸やジャワなどの戦地へ派遣され、従軍画家として戦争記録画を描いた時代がありました。 <日華事変から太平洋戦へかかると、「南京攻略」「兵馬」「娘子関」「ビルマ独立記念式典」などを軍の要望によって描いた。この要望に応じた弱さは、今日でこそ批判しやすいことだが、しかし、当時の空気ではよほどの勇気がない限り拒絶できかねるものであった。> ここで述べられている昭和16年の「娘子関(じようしかん)を征く」は同年の聖戦美術展に出品され、翌年初の日本芸術院賞を受けた作品です。 ![]() <しかし、これらの大作の構成力、描写力の抜群なところから、朝日文化賞、芸術院賞がつぎつぎと贈られることになった。気品を支えているのは或る種の哀愁である。この哀愁の底には、少年時代には生母から、長じては養母からそそがれたキリスト教思想が沁み込んでいて、その人間愛がもたらす哀愁と言えそうである。> この作品の気品と哀愁は、小磯良平がモダニズムが漂う神戸のクリスチャンの家庭に育ち、自身も敬虔な信仰を持ち続けたことにあるようです。 <このころ、色彩を抑制して描いた「斉唱」という女人群像があったが、小磯の思考は何かへの祈りのようにみえた。市民そのものの叫びではない。その側面に立って、女人の姿をかりての何かのすがりつきのようであった。それにもまして、例のキリスト教的雰囲気で、讃美歌をうたっているようだった。清く透明であった。> ![]() 小磯良平「斉唱」(1941年、カンバス、油彩、兵庫県立美術館蔵) まさに小磯良平の内面までよく知った竹中郁の「斉唱」評でした。 因みに、「斉唱」は当時小磯良平が絵画の指導で講師を務めていた松蔭高等女学校の生徒をモデルに起用した作品で、同じ年に女生徒たちを描いた校歌の表紙も小磯の作品です。 ![]() 太平洋戦争に突入する昭和16年に描いた「斉唱」に小磯良平が託した祈りは何だったのでしょう。
by seitar0
| 2022-01-25 21:35
| 竹中郁
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