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賀川豊彦は西宮市(当時瓦木村)に転居後も、自称、放浪の旅で日本国内の伝道の旅を続けていました。昭和5年1月からは、東京、長野、神戸、京都、名古屋、横浜等の各地を巡回していますが、気管支炎、肺炎を患いながらの旅でした。 『身辺雑記』からです。 昭和5年3月、血痰が続く中も無理をして横浜から倉敷の伝道に向かいます。倉敷に着いたのは3月12日午前12時半ごろ。多忙さがうかがえます。 <倉敷は伝道に熱心で、燃ゆるような信仰を持っていられる田崎健作氏が牧していられるので、どんあことがあっても応援したいと思っていた。各集会とも非常に恵まれ、大変愉快であった。然しそのうちでも多数の紡績女工に話のできたのは私にとって大変幸福であった。> ![]() 倉敷は何といっても大原孫三郎の町。 ![]() <又倉敷は大原孫三郎氏が、その財を傾けてあらゆる文化施設をしていられるだけあって、日本に珍しい進んだ町である。労働科学研究所といい、農業科学研究所といい、又中央病院でも、ちいさい天文台、計画されつつある美術館、これらは皆日本の他の都市には見られないような理想的なものである。> ![]() 大原孫三郎は工場内の労働環境を改善するため、大正10年倉敷労働科学研究所を創立しました。昭和11年に倉敷労研を解散することになりますが、若干の維持費をつけて日本学術振興会に寄託し東京へ移転。現在の財団法人労働科学研究所の母体となっています。 このような経営者が生まれたことは奇跡のようなものです。 <中央病院を見せてもらった。百七十万円かかったとかで美しい点から言えば日本一だと私は思った。大きな温室に、熱帯植物をうえ、そこを患者の待合室にあてているなどは、日本の何処にも見られない行届いたものである。> ![]() 大正12年に従業員のために設立された中央病院です。 創立時のコンセプトは、「治療本位」「病院くさくない明るい病院」「東洋一の理想的な病院」。 ![]() 孫三郎の創意によって作られた四季を通じて花が楽しめる温室は現在も引き継がれています。 Newsweekが発表した「日本のよい病院ランキング」によると、第1位は東京大学、第2位は聖路加国際病院、第3位が倉敷中央病院。地方都市の病院がTOP3に入っているのも、大原孫三郎の思想があったからこそです。 その後賀川豊彦は故児島虎次郎の無為堂を見学し、夕方には板野博士に案内されて農業研究所を視察しています。 ![]()
そして3月14日から3日間岡山の神の国運動を応援し、3月16日には講演会を終えて、吉備津神社、吉備津彦神社を廻りました。 <吉備津神社は裏から這入った。廊下の長いことは北京万寿山に似ている。本堂は珍しく藤原時代の寝殿造で、然も春日神社よりか更に構造の大きいものであった。横から見ると破風を二つ並べ、日本の神社造としては最も珍しいものであった。拝殿は左甚五郎と、飛騨工が造ったものと言われている。左甚五郎は飛騨の人だから大工を多勢つれて来て之をつくったものらしい。非常によく出来ている。> ![]() 賀川豊彦はこの回廊を上ったようです。 ![]() 吉備津神社の本殿。現在の本殿・拝殿は今から約600年前の室町時代 将軍足利義満の時代に約25年の歳月をかけて応永32年(1425)に再建されたものですから、書かれている江戸時代の彫刻職人、左甚五郎とは関係がなさそうです。 しかし、クリスチャンの賀川豊彦が神社を興味深く見ていることは面白く読みました。 <旅から帰って来た私は、二時間半ぶっとばしに、農民福音学校の生徒たちに社会思想史を講義した。そして三月十八日の午後武庫川のほとり、西宮浄水道で二人の農民福音学校の学生にパプテスマをほどこした、水は清く松はみどりに、蘆は茶褐色に枯れていた。毎年の恒例とはいえ今年も恵まれたことを、水の中に立って感謝した。> 西宮に帰っても講義、宣教と休む間もなく活動している様は、驚きでした。
by seitar0
| 2022-01-15 21:16
| 西宮北口
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