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司馬遼太郎『街道をゆく』の「明石海峡と淡路みち」を読んでいると、司馬遼太郎が須田画伯のアトリエを訪ねる場面が描かれていました。 <須田画伯は、西宮に住んでいる。堤防に松林のまだのこっている夙川べりが住まいである。夙川が六甲山系の花崗岩で濾過された水をはこんできて、海に入ろうとする堤防下がアトリエで、そこまで誘いに行った。> ![]() 六甲山系の花崗岩で濾過された水をはこんできてくれる夙川。 ![]() 国道2号線が夙川と交わる夙川橋のたもとにアトリエがありました。 ![]() 行ってみると、「須田剋太記念館」という掲示板があり、催しのポスターが掲示されていますが、記念館も無くなっています。 <堤防下には須田さんが十数年前に植えた桐の木が五本ばかり、大きく育っている。綿のような穂の出るススキも、アトリエの屋根を越えるほどに大きく育っている。ムクゲの葉が、寒さのためにひからびてしまっていた。> 須田剋太が植えたという桐の木などが残っているのではと見てみましたが、アトリエ跡には既に新しい家が建っており、桐やムクゲもありません。 ![]()
![]() 須田画伯はこの坂道を堤防の上までのぼってきたのでしょう。 ![]() 完全武装の須田剋太画伯の写真がありました。 ところで、須田画伯はここで子供たちに絵を教えていました。村上春樹も絵を習っていた一人で、『村上さんのところ』で次のように述べています。 < 僕が小さい頃(たぶん小学校の低学年だったと思いますが)、須田剋太さんという画家が近所に住んでおられました。司馬遼太郎さんとよく一緒に仕事をしておられたとして有名な方ですが、子供がお好きだったようで、おうちの離れに子供を集めて絵画教室のようなものを開いておられました。僕はそこに行って、絵を習っていました。というか、みんな好きに絵を描いて、それを須田さんがにこにこと「これはいいねえ」とか「ここはこうしたら」とか感想を言うというようなところでした。とても良い方だったと記憶しています。僕が須田さんから受けたアドバイスは、「ものを枠で囲うのはよくないよ。枠をはずして描きなさい」というものでした。なぜかそのことだけを今でもはっきり覚えています。なかなか楽しかったですよ。夙川のわきにある洒落た洋風のお宅でした。> 洒落た洋風のお宅とはどんな家だったのでしょう。
by seitar0
| 2021-12-19 13:29
| 司馬遼太郎
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