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石川達三の『蒼氓』は、ブラジル移民を余儀なくされた貧農たちの悪戦苦闘の日々を描いた物語で、1935年に発表され、第1回芥川賞を受賞しました。 石川達三は、「海外興業株式会社」が発行する雑誌『植民』編集部で働いたことがあり、1930年には、ブラジルまでの船賃の補助金が出る「政府補助単独移民」として移民船「らぷらた丸」で渡伯しており、その体験をもとに執筆したのでしょう。 ![]() 冒頭は次のように始まります。 三ノ宮駅から山ノ手に向う赤土の坂道はどろどろのぬかるみである。この道を朝早くから幾台となく自動車が駈け上って行く。それは殆んど絶え間もなく後から後からと続く行列である。この道が丘につき当って行き詰ったところに黄色い無装飾の大きなビルディングが建っている。後に赤松の丘を負い、右手は贅沢な尖塔をもったトア・ホテルに続き、左は黒く汚い細民街に連なるこの丘のうえの是が「国立海外移民収容所」である。> ![]() 写真は「海外移住と文化の交流センター」に展示されている石川達三自筆原稿。 さて、この文章を初めて読んだときは、赤土の坂道は、小説ですから実際とは少し違うものの、自動車が駆け上がって行くほどの広い道ですから、トアロードではないかと思っていました。 ![]() 黄色の点で示した道筋ですが、現在の「海外移住と文化の交流センター」から下る道は比較的狭く、鯉川筋で広くなっています。 ![]() 写真は鯉川筋。 『蒼氓』では、国立海外移民収容所は、三ノ宮駅から坂道を山ノ手へ突きあたった丘の上に建っています。現在の三ノ宮駅から山手へ向かっても、旧収容所の建物は存在しません。 どう考えても、三ノ宮駅ではなく、元町駅なのですが、当時は三ノ宮駅が元町駅の場所にあったことがわかりました。 ![]() 三ノ宮駅は明治七年に、現在のJR元町駅付近に開業しましたが、昭和に入ると神戸市の都市計画に絡み、市街を分断する形になっていた鉄道省線を高架にすることとなり、高架化とともに現在地に移転開業したそうです。なお、移転元の位置には1934年に請願を受けて現在の元町駅が開業しています。 <二〇〇〇年十月、海外の邦字新聞社の年次大会「海外日系新聞大会」が、旧移民収容所建物で開催された。この大会に参加した日系記者達から、先祖が歩いたこの坂道を、演歌「神戸・移住坂エレジー」として日系人歌手にレコーディングさせようという提案があった。 この話を聞いて、「演歌・神戸移住坂」を作詞・作曲したのは、甲南大学理学部太田雅久教授だ。平成十三(二〇〇一)年四月二十八日、移民船乗船記念碑の完成記念レセプションで披露されたこの演歌、海外から駆けつけた百人の日系人を含む四百人の出席者を感銘させた。> と書かれており、後に移住坂と呼ばれるようになっていたことがわかりました。
by seitar0
| 2021-11-30 20:17
| 神戸
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